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【社説】

週のはじめに考える 『一人一票』の理想へ

2010年10月24日

 参院選の一票の格差訴訟は来月に東京高裁で判決があり、衆院選の問題は最高裁大法廷で審理されます。票の重みに差のない「一人一票」こそ理想です。

 古代ギリシャのアテネでは、市民による「民会」がプニュックスの丘で開かれました。法案の承認や外交政策などが審議された民主制の最高決定機関です。

 女性や奴隷らには参政権はありませんでしたが、六千人以上の市民が集まったといわれます。挙手や投票石で採決される姿は、「一人一票」の原風景そのものです。

◆参院選では格差5倍

 しかし、現代の日本では地域により、衆院選でも参院選でも一票の格差が存在し、選挙のたびに選挙無効訴訟が起こされています。今夏の参院選でも、問題は如実に表れました。高知県の当選者は十三万七千票だったのに、神奈川県では六十九万七千票の千葉景子前法相が落選しました。五倍を超える票を集めても当選できなかったのです。

 五倍の格差とは「一票」を持つ人がいる一方で、「〇・二票」しかない人もいることと同義です。全国の有権者にも当てはまる問題です。「一人一票実現国民会議」という団体のホームページで、住所から自分の投票価値を知ることができます。例えば、衆院では高知3区を「一票」とすると、東京1区の人は「〇・四七票」。参院では鳥取県が「一票」なのに、愛知県の人は「〇・二五票」という数字が出ます。

 一票の格差が二倍を超えた二〇〇五年の衆院選をめぐる訴訟は、最高裁が「合憲」と判断しましたが、当時の泉徳治最高裁判事は「憲法に違反する」と反対意見を書いています。泉さんは最高裁で調査官や事務総長などを歴任し、東京高裁長官も務めた人です。

 《選挙権の平等は、個人の人格の根源的な平等性に根ざすものであって、(中略)絶対的に平等に取り扱うことを要求する》

◆議員は全国民の代表

 そう判決文に書いた泉さんに会って、考えを聞きました。

 「民主主義は、男女を問わず、年配の人も若年者も、金持ちも貧乏な人も区別しない大前提で成り立っているからです。国民は平等の原則だから、投票価値も数字的な平等にするのは当然です」

 もっとも格差がなくなれば、地方の議員数が減り、地方が不利になるとの懸念も生まれかねません。確かに「合憲」判断をする裁判官には、過疎化の現象などを理由に、国会に広い裁量権を認める傾向が見られます。

 「過疎化問題などは政策課題であり、選挙制度とは関係ないことです。むしろ地方の議員は少ない票に安住し、多選が可能です。国会議員は憲法で定められた全国民の代表という視点を忘れているのではないでしょうか」

 利益誘導政治に典型的な「利益の分配」の時代は終わり、「負担の分配」の時代を迎えたと指摘する政治学者もいます。まさに高齢化や貧困、雇用などの深刻な問題は重要な政治テーマです。

 一票をめぐっては、歴史的に議論が深められてきました。興味深いのは、十九世紀の英国の哲学者J・S・ミルが、賢明さと知識量が卓越した人に「複数の投票権を与える」ことが正義だと提案したことです。船に例えましょう。乗客よりも、船長の方が航海の知識が豊富です。安全に目的地に到達できるので、船長には複数の票を与えてもいいと考えたわけです。

 当時の英国では「腐敗選挙区」と呼ばれる問題があるなど、選挙制度自体に矛盾を抱えていた背景があるのかもしれません。

 二十世紀の米国の哲学者ロールズは「『一人一票』という指針は可能な限り尊重される」と述べました。その理由は「市民間の友情の基盤となる」と明快です。来月に刊行予定の『正義論』(紀伊国屋書店)では、投票について次のように記しています。

 《おのれの見解を形成すること自体が楽しい活動であり、それによって社会観が拡大され、知的・道徳的能力が向上する》

 実際に米国では連邦最高裁が一九八三年に、ある州の下院議員選挙での一・〇〇七倍の格差でさえ、違憲無効の判決を出しました。投票価値の平等を可能な限り追求している結果でしょう。

◆「衆」の知力にも磨きを

 今年の国勢調査の結果を基に、選挙区割りの見直しが行われます。平等を実現するダイナミックな改革を決断するいい機会です。

 哲学者アリストテレスは「政治学」で「民主制はデマゴーグ(民衆扇動家)の無軌道ぶりが原因となって体制の変革が起こる」と書きました。アテネの民主制が「衆愚政治」と化したのは有名です。「愚」の政治を招かぬよう「衆」の知力にも磨きが必要です。

 

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