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あらゆる欲望の中で、一番の長生きは食欲らしい。92歳の随筆家、吉沢久子さんの『幸せになる長寿ごはん』(朝日新聞出版)にこうある。「自分の目や舌、胃袋を喜ばせるためにつくる料理は、若さを保つ上でも役に立っているようです」▼あれも食べたい、これも飲みたい。吉沢さんのように台所に立たないまでも、胃袋が土下座するほどの一皿を思えば生への執着が増す。病床にあっても管から「食す」ことなく、食いしん坊の現役を通したいものだ▼見た目は普通の料理なのに、口でふわりと溶ける加工食品が売り出される。開発は岩手県花巻市のイーエヌ大塚製薬。細胞をバラバラにする酵素を素材ごとに含ませ、形と食感を残しながら極限の軟らかさにした。栄養価もほぼ同じという▼硬いものは無理だけど流動食はイヤ、という人には福音だろう。病院食を想定して考えたが、試食した患者から「家でも食べたい」との声が相次ぎ、「さばの塩焼き」「チキンカレー」など15品の通信販売が決まった▼開発に携わった藤田保健衛生大の東口高志教授(消化器外科)は「心と体はつながっている。口を動かし、ご飯を食べていると実感することで快方に向かうことがある」と語る。健康が許す限り、栄養は五感をくぐらせてとるのが望ましいようだ▼『美味礼讃(らいさん)』を著したフランスの食聖ブリアサバランいわく。〈他の快楽がすべて消えても、食卓の快楽は最後まで我々を慰めてくれる〉。生きるために食べるのではなく、食べるために生きる。そのくらいの欲深がいい。