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永井荷風の日記「断腸亭日乗(にちじょう)」は戦争中も飄逸(ひょういつ)とした味をなくさない。日米開戦直後の1941(昭和16)年12月12日には、「屠(ほふ)れ英米我らの敵だ 進め一億火の玉だ」の標語をもじって「むかし英米我らの師 困る億兆火の車」と書いて公衆便所に張った者がいた、と記している▼抑圧された時代ほど落書・落首の傑作は生まれるようだ。先の小欄で、戦中のたばこ値上げをめぐる戯(ざ)れ歌を紹介したら、多くの便りを頂戴(ちょうだい)した。「懐かしく思い出したが、歌詞が記憶とやや違う」というのが大半だった▼ご記憶に共通なのは「鵬翼(ほうよく)」という銘柄が歌詞にあったこと。高くてまずいとこきおろし、最後は、ああ一億のカネは減る、と締められる。子どもだったが覚えているという方もいた。津々浦々で様々に歌われたらしい▼その「鵬翼」を調べると、日米開戦の直後に発売されていた。積乱雲を背に爆撃機が飛ぶ図柄から戦意高揚のねらいが読める。戯れ歌では散々だったが、今ではパッケージが収集家の垂涎(すいぜん)の的だという▼戯れ歌を生んだ値上げは戦費調達のためだった。たばこと政府の歴史はそもそもキナ臭く、民業から専売制になったのも日露戦争の戦費作りが目的だった。ニコチン依存の面々から絞り取る図は、今も昔も変わらない▼だが、今回の大幅値上げで腹を決めた人は多いとみえる。禁煙補助薬が売れすぎて供給が間に合わない製薬会社もあると、先日の記事にあった。「進め一億禁煙だ」とは申すまい。ここは一人でも多い煙絶ちの成就を、願うばかりである。