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10月13日付 編集手帳

 小学生の昔を回想し、その人は書いている。初めて吹いたハーモニカの思い出である。〈口に当ててみたら冬になりかけの日だったから、吐いた息がクローム・メッキしてある薄い鉄板の覆いに白く円型に残った〉◆わずか数行の文章から、ひんやりとした初冬の空気と、唇に触れた楽器の冷たい感触とが伝わってくる。エッセーの一節、作者は俳優の池部良さんである◆たぐいまれなる美貌(びぼう)の人に長寿を恵み、文学賞を手にする文才までお与えになる。神様とは、そう公平なお方でもないらしい。池部さんが92歳で死去した◆日本が戦後を再出発した記念碑の映画『青い山脈』では30歳にして旧制高校の生徒役を好演し、高倉健さんと共演した『昭和残侠(ざんきょう)伝』では中年の侠客を演じて若者の喝采(かっさい)を浴びている。文筆も含めて、年輪を重ねるごとに違う花を咲かせた。神様に祝福された表現者の人生である◆「映画俳優」という言葉が似合う最後の人でもあろう。語感にキラキラした重量感の漂うその言葉も、池部さんは数々の“二枚目伝説”と共に天に連れていった気がする。『青い山脈』の、あの自転車に乗せて。

2010年10月13日01時58分  読売新聞)
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