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草冠(くさかんむり)に「秋」と書くほどだから今の季節を代表する花に違いない。先の小紙俳壇に高槻市の会田仁子さんの〈萩白し風の中より切つて来し〉が選ばれていた。同じ感覚の人がおられるのだなと思った。萩は透き通った秋風に吹かれる姿がいい▼「おいでおいで」をするススキもそうだが、萩にも風がよく似合う。どちらも、風のないときも風を誘って揺れているような趣がある。秋に降る雨を「萩散らし」とも呼ぶそうだ。一両日の雨ですっかり花がこぼれた枝もあろう。天に地に、猛暑の日々が遠ざかる▼たけなわの秋を待ちかねて、先日、北へ旅して岩手の早池峰山(はやちねさん)に登った。紅葉は、2千メートルに近い山の半ばまで下りていた。「今年はいま一つ」と土地の人は気の毒がったが、どうしてなかなかの眼福を得た。咲き残りの高山植物が岩の陰で風にふるえている▼〈この山巓(さんてん)の岩組を/雲がきれぎれ叫んで飛べば/露はひかってこぼれ/釣鐘人蔘(ブリューベル)のいちいちの鐘もふるへる〉。この地に生きた宮沢賢治の詩「早池峰山巓」の一節だ。小さいものに向く眼差(まなざ)しは、いつもながらに優しい▼装う木々をくぐって、山の斜面を細い流れが下っていた。〈松風の音のみならず石走(いわばし)る水にも秋はありけるものを〉と詠んだのは西行法師だった。「水声(すいせい)に秋あり」という。歌聖をまねて凡人も、流れにしばし耳を傾けた▼日本の紅葉が見事なのは多彩な樹種のゆえだという。濃淡さまざまな色が混然となって、錦の刺繍(ししゅう)を織り上げる。多様性の奏でる交響曲に耳を澄ましたい、美(うま)し国の秋である。