二十年ほど前に勤務していた栃木県では、キノコを採りに入った山で遭難する人が多かった。人気があったのはチタケ。いい味のだしが出るので、ナスといためてそばのつけ汁によく使われていた▼日本名は乳茸(チチタケ)。傷つけると、乳のような真っ白な汁が出るところからその名が付いた。猛暑の今年は豊作だったせいか、七、八月に県内で六人もの人が滑落死している。生える場所を人に知られたくないので、単独で山に入り発見が遅れることが多いという▼チタケそばが郷土料理百選に選ばれるほど地元では人気のキノコ。それなのに栃木を離れると、名前を知る人すらほとんどいないのは、ちょっとさみしい▼記録ずくめだった残暑も終わり、いよいよ秋本番。「秋の味覚」の主役級であるキノコが出回っている。<松茸の今日が底値とすすめられ>(稲畑汀子)という句もあるが、スーパーに鎮座する輸入マツタケすらちょっと高くて手が出しにくい▼東京都墨田区の祭りの会場では、毒性の強いニガクリタケが間違って売られ、区の広報車が注意を呼び掛けている。調理後にテレビのニュースで知り、間一髪で食べずにすんだという女性もいた▼まだ一パックの行方が不明だ。低カロリーでビタミンやミネラルが豊富なキノコはたくさん味わってみたいが、採るのも食べるのも命懸けというのは遠慮したい。