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書家の榊莫山(さかき・ばくざん)さんは、その作品にも似て絵になる人だった。丸い頭の両脇にたたえた白髪、くりくり眼(まなこ)。親しみやすい人柄を映して、84歳の訃報(ふほう)に添えられた各紙の写真はどれも笑っている▼皇太子ご夫妻にお子さんが生まれた時、伊賀上野の家に民放の撮影クルーが来た。発表されるお名前を書にする趣向である。「愛子」に一瞬、書家は押しつぶされそうになったという。まず書かない字だった。しばしアトリエで字源辞典などをあさり、愛の意味をとことん調べてから墨をすり始めた▼こと書に関してはこだわりの人だった。青い透明感のある松煙墨(しょうえんぼく)を使い、からりと晴れた日の昼に書くのをよしとした。「弘法は筆を選ぶ」と公言し、旅先で筆と色紙を出されるのを嫌った▼こだわった字が〈土〉である。縦一本、横二本を、地中から地表へと芽が伸びる「壮大なアニメーション」に例え、「微妙なニジミ、不思議なカスレ、意外なタマリなど、紙によって様々な変幻ぶりを見せてくれる」と愛(め)でた▼書とは逆に、築300年という家での生活はこだわりと無縁。『莫山日記』(毎日新聞社)にある。「朝起きて、食事して、新聞よんで本よんで、昼めし食って、昼寝して……かくこともないのである」▼将来を期待されながら、保守的な書壇になじめない。すべての書道団体から退き、半世紀を異端児で通した。絵に枯れ枝のような文字を添えた「詩書画一体」の墨跡には、誰にも似せぬという意地も透けていた。孤高に別れを告げ、いよいよ大好きな〈土〉の一部になる。