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10月1日付 編集手帳

 橋田寿賀子さんが書いたテレビドラマの脚本に、妻が夫に残酷な言葉を吐く場面があった。「私には言えません」。妻役の池内淳子さんは、そのセリフを泣いて拒んだ◆橋田さんがスタジオに駆けつけ、「池内淳子ではなく、役の人物が言っているのだから…」、そう説得したという。橋田さんがある座談会で披露したこぼれ話にある(岩波書店『向田邦子シナリオ集あ・うん』所収)◆六代目尾上菊五郎のように、「客席に背中を向けているときは、ベロを出していても客を泣かせてみせる」と語った名優もいるから、全身全霊をこめて役になりきるのとどちらが演技者の本道であるのかは、門外漢の身には分からない◆しばしば演じてきた、表面は穏やかで内側に芯の強さを秘めた母親役を(まぶた)に浮かべるとき、いかにもその人らしい挿話に思われる。ドラマ『女と味噌汁』や舞台『三婆』などで親しまれた池内さんが76歳で亡くなった◆電話を切ったあと、心配ごとが胸をよぎって、受話器を見つめる。そんな演技の似合う人だった。お会いしたことはないが、母親をもう一度、見送ったような気分のなかにいる。

2010年10月1日01時12分  読売新聞)
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