HTTP/1.1 200 OK Date: Sun, 26 Sep 2010 21:13:36 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Connection: close Age: 0 東京新聞:週のはじめに考える 見直したい文学の力:社説・コラム(TOKYO Web)
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【社説】

週のはじめに考える 見直したい文学の力

2010年9月26日

 ことしは読書を推進する国民読書年です。東京では、世界の文学者が一堂に会した国際ペン大会が始まりました。文学の力をあらためて考えてみます。

 読書離れと言われながらも文学界は活気に富んでいるようです。最近話題にのぼった三作をとり上げてみましょう。

 一つめは、この春亡くなった井上ひさしさんの『一週間』。シベリア抑留の悲惨と抵抗を得意のこっけい味に包みつつ物語は進みます。死ななくてもよかった六万人が、なぜ死なねばならなかったのか。責任はソ連はもちろん、国際法に無知なうえ抑留後も下級兵士をいじめ続けた旧関東軍司令部にあると追及しています。

◆ディテールのもつ強み

 膨大な資料を集め、精査し、よくかみ砕いて表す筆法はいつもの通り。収容所では、銀行通帳の紙を水に漬けておくと一枚が三枚になり、それを乾かしてたばこの巻き紙にする…。そんなディテールの無数の積み重ねを読むうちに、読者はいつしか、収容所の住人となってゆくのです。歴史や外交の本では出にくいところです。

 文学論ではよく、十九世紀のパリを知るにはバルザックを読みなさい、といいます。歴史、政治、衛生、物価その他もろもろ一切の学術書を読むよりよく分かるという意味です。作家という生活者の目で見る強みなのでしょう。

 二つめは、川西政明著『新・日本文壇史』(全十巻、刊行中)です。文学史、文壇ものの著作は昔からたくさんあり、それだけ興味をそそられ、筆者により見方もがらりと変わるのです。

 第一巻は大正五(一九一六)年暮れ、夏目漱石の死によって大正文学は始まったと高らかに告げます。こんな記述があります。

◆内なる自分を発見する

 若き日の芥川龍之介が、漱石の葬儀で受付として森鴎外を迎える場面。差し出された大型名刺とその顔を見比べ「芥川は漱石を師に選んだが、彼の文学の本当の師は鴎外といってよかった。その鴎外と対面し、芥川の瞳は異常な光を放った」。

 どうです。作家が目前に立ち現れてくるでしょう。スキャンダルも恋も性も豊かに書き込まれ、読み進むほど文学とは人間そのものであり、読者は内なる自分を発見したりもするのです。

 三つめは、開高健著『夏の闇 直筆原稿縮刷版』。過去に発表の小説なので二度読む人もいるわけですが、原稿用紙のマス目に並ぶ丸っこい字は作家の体温もうめきも伝えるようです。

 巻末で元編集者が記していました。…開高は原稿を清書してもってきた。直しのない原稿を届けてきたのは川端康成、三島由紀夫、江藤淳の三人。完璧(かんぺき)癖の三人とも自殺を遂げた…。作家たちのある種のすごみなのか。活字では見えない部分です。

 さあ、文学の力とはなんでしょう。音楽や絵画、彫刻は人の感性に直接に働きかける。心地よさや怒りや悲しみなど。対する文学の特徴は言葉を介して働きかけることです。言葉だからたとえば思想にせよ、自然科学にせよ、作者の考えを詳しく伝えることができます。読者の受け止め方もおのずと違ってくるでしょう。それをよく知る全体主義国家は、だから文学をよく弾圧したのでした。表現の自由が大切なゆえんです。 

 文学が体制に対し政治的であるというのは、文学者の国際組織国際ペンの設立動機がよく示しています。ロンドンのレストランに女性作家の提唱で四十人ほどの作家が集まったのは一九二一年。毒ガスと戦車が登場した第一次世界大戦への反省と抗議でした。国家による大量殺戮(さつりく)に大いなる疑問を投げかけたのです。

 日本ペンクラブの設立は、満州事変後、国際連盟を脱退して孤立へ向かう日本に対する国際ペンの呼びかけがきっかけでした。初代会長は島崎藤村。先の大戦中、多くの作家が軍部にかり出され協力したのは事実です。戦後、第四代会長川端康成は会員を率い被爆した広島、長崎を訪ねました。

 文学とはヒューマニティー、人間性回復の表現なのです。

◆21世紀を人間の時代に

 二十世紀が戦争の世紀なら、二十一世紀は人間の時代にしたいものです。地球環境の保全や民族、宗教の多様性を認め合う時代と言い換えてもいいでしょう。内外の作家が集まってはじまった国際ペン東京大会のテーマは「環境と文学」。文学の力の見せ所です。

 グーテンベルクから、グーグルへ。活字から電子書籍の時代へ。出版文化の縮減を心配する声もありますが、要はわれわれ読み手が文学の力をどう感じ、考え、どう行動するかにあるでしょう。文学の力とは読み手の力でもあるのです。さて秋の夜長、灯火親しむころになってきましたね。

 

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