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戦争の末期、妹を学童疎開に出した思い出を向田邦子さんが書いている。まだ字のおぼつかない妹に、父親は自分の宛名(あてな)を書いたはがきをたくさん持たせた。「元気な時は大きいマルを書いて毎日出すように」と言いつけたそうだ▼初めは大きなマルが届いた。だが寂しさからか、マルは次第に小さくなって、いつしかバツに変わった。いたいけな印を、父親は黙りこくって見つめていたそうだ。そんな切なくも身にしみる話を、栃木県で発覚した虐待の記事に思い出した▼こちらは救いがない。継父に暴力を振るわれ、家の外で倒れていた小学6年の女児が保護された。その子は継父に日記をつけるよう命じられ、毎日「お父さん大好きです」などと書いていたそうだ▼だが、殴られたりした日には、気づかれぬよう日記に印をつけていた。それが傷害容疑を裏付ける証拠にもなったそうだ。ひそかな印は誰に、どんな思いを伝えたくてのことだったろう。低栄養の状態で、体重は22キロしかなかったという▼痛ましい虐待の減らぬ中、しばらく前の東京の声欄で、児童福祉施設の職員のご苦労を読んだ。心をずたずたにされた子らを、体と心を張って受け止め、包み込む。相手の心を癒やす代償に自分は傷ついていく。「厳しく切なく、気の遠くなるようなかかわりです」の訴えに心の中で頭(こうべ)を垂れた▼向田さんの話に戻れば、妹は疎開先で病気になった。やっと帰ってきたとき、父親は裸足で玄関を飛び出し、抱きしめて泣いたそうだ。幸せな子とそうでない子の落差に胸が痛む。