「白猫でも黒猫でも鼠(ねずみ)を捕るのが良い猫」。中国の〓小平氏の言葉だ。菅改造内閣が発足した。良い内閣とは国民のために政策を実現する内閣である。
一年前を思い出してみよう。八月の衆院選で民主党が圧勝。政権交代への熱い期待を背負い、九月十六日に鳩山由紀夫首相率いる民主党中心の連立政権が誕生した。
その後の一年間に、民主党政権はその期待に応えられたのか。
日本経済は低迷を脱せず、閉塞(へいそく)感に覆われている。鳩山氏は退陣し、菅直人首相が後を継いで間もなく、小沢一郎元幹事長との間で党を二分する代表選が行われた。
◆二つの内憂と対峙
「まだ一年か」と見るか「もう一年」と見るかで印象は違うのだろうが、確かなことは、参院選を挟んだとはいえ、菅内閣は発足後の三カ月間で何も目ぼしい成果を挙げていないということだ。
首相は組閣後の記者会見で、民主党政権のこれまでの一年間を「試行錯誤」だったと認め、改造内閣を「有言実行内閣と呼んでいただきたい」と位置づけた。
その意気込みは買うが、国民は政権交代の実をいつまでも待てるわけではない。国民のための政策を実現することこそ、菅改造内閣に課せられた唯一、最大の使命だ。
菅改造内閣は二つの内憂と対峙(たいじ)しなければならない。一つは代表選で生じた小沢陣営との確執であり、もう一つは与党が参院で過半数に達しない「ねじれ国会」だ。
内閣の顔触れを見ると、代表選で小沢氏を支持した大畠章宏氏を経済産業相に、海江田万里氏を経済財政担当相に起用したが、小沢グループからの入閣はなかった。
小沢氏に批判的な岡田克也前外相の党幹事長起用と併せて見ると、首相は「脱小沢」を貫く形で政権運営を進めようとしていることがうかがえる。
◆原理原則だけでは
この内閣・党人事に対し、小沢陣営がどう出るかは見通せないが、いつまでも「脱小沢」だとか「親小沢」だとか言って党内抗争に興じている余裕はない。
首相は民主党両院議員総会で「この民主党政権が四百十二人の力を合わせて、日本の二十年に及ぶ閉塞状況を打ち破っていく」とあいさつした。
この言葉に違(たが)わぬよう、全民主党議員が政策実現のために、それぞれの立場で役目を果たしてほしい。それができない未成熟な政党に与党である資格はない。
改造内閣で唯一、民間出身となった片山善博元鳥取県知事の総務相起用は人事の目玉だろう。
民主党政権が「改革の一丁目一番地」と位置付けてきた地域主権改革をどう実現するのか。中央省庁と地方の現場の両方に精通する論客の手腕に注目したい。
内閣の重要課題である沖縄県の米軍普天間飛行場の返還問題は、留任した北沢俊美防衛相と、国土交通相から横滑りした前原誠司外相が取り組むことになる。
前原氏は安全保障問題の専門家であり、沖縄北方担当相として沖縄振興にも関与してきた。名護市辺野古沿岸部に代替施設を建設する「県内移設」が困難なことは身に染みて感じているだろう。
ブッシュ前米政権で国務副長官を務めたアーミテージ氏は日本記者クラブの会見で「次善の策」を検討する必要があると提起した。
改造内閣発足を機に、実現が難しい県内移設に固執せず、米政府との協議に臨んだらどうか。クリントン米国務長官との揺るぎない信頼関係を築けば、事態打開の妙案が見つかるかもしれない。
もう一つの内憂であるねじれ国会をどう乗り切るかは、岡田幹事長の役割が大きい。
岡田氏は記者会見で「ねじれ国会への対応では、野党とも誠心誠意、話し合いたい」と語った。
菅内閣は十月上旬にも召集する臨時国会で、円高・デフレ対策を盛り込んだ二〇一〇年度補正予算案や、郵政「改革」法案などの成立を目指すが、予算以外は野党側の協力がなければ成立しない。
原理原則を重んじる岡田氏は、その頑(かたく)なさから「原理主義者」とも評される。信念を貫く姿勢は評価されるべきだが、ねじれ国会で法律を成立させ、政策を実現するには、時に野党側の提案を大胆に受け入れる柔軟さも必要だ。
◆「悪い猫」になるな
政権交代実現から一年がたち、有権者の民主党政権に対する目は格段に厳しくなっている。
政治主導、無駄排除、対等な日米関係という政権交代の原点を忘れ、官僚依存、増税路線、対米追随に傾いているのではないか…。
こうした疑問に答えるには、マニフェストで国民に約束した政策を着実に実現するしかあるまい。
それができない内閣は、どんなに見栄えが良くても、国民にとっては「悪い猫」である。
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