ギリシャ神話の英雄ヘラクレスが、道に落ちていたリンゴのようなものを踏みつぶそうとした。だが、それはむしろ大きくなり、踏んだりこん棒でなぐったりするほど、膨れ上がった▼女神アテナは、それが何かを知っていて「おやめなさい」と諫(いさ)めた。「それは敵愾心(てきがいしん)であり争いです。相手にせず放っておけばそのままですが、もみ合うほどに大きくなってしまいます」▼米フロリダ州のキリスト教会が「イスラム教は脅威だ」として、その聖典コーランを焼く行事を計画、大統領までが中止を求める騒動になっている一件で、こんなイソップ寓話(ぐうわ)を思い出した。同時テロからちょうど九年の今日、行うとしていた計画はとりあえず保留されたが、取りやめに決まったわけではないらしい▼他教の聖典を焼くなど、まったくばかげた行為というほかない。イスラム教徒間に怒りが広がっているのは当然だが、無論、この一教会が米国やキリスト教を代表しているわけでも何でもない▼ことがことだけに、無視もできまいが、仮に、この愚行が実行されても、過剰な反応が現れないよう願う。ただの奇矯な「例外」を「象徴」へと育てる手助けにもなりかねない▼この件に限らず、世界中の道のそこかしこに<リンゴのようなもの>は落ちている。無闇に踏みつけ、それを膨らませれば、対立や争いを煽(あお)る側の思う壺(つぼ)である。