帝京大病院(東京・板橋)で起きた院内感染は、初期対応を適切に行っていれば、被害を最小限に抑えられた可能性が高い。今回のケースを他の医療機関も他山の石とし、警戒を強めてもらいたい。
最先端の医療体制を誇る大学病院で、わが国最大規模の院内感染が起きたことに多くの国民は肝をつぶしただろう。帝京大病院で、抗生物質がほとんど効かない多剤耐性のアシネトバクター菌(MRAB)にがんや腎不全などの重症患者四十六人が感染した。二十七人が亡くなり、少なくとも九人の死亡が感染との因果関係を否定できないという。
感染の経緯が判明するにつれ明らかになったのは、病院の対応が常に後手に回っていたことだ。
既に昨年八月には一例目の感染者が発生していたにもかかわらず、担当医は病院の感染防止対策部門に報告しなかった。その後、感染が九つの病棟に拡大し、病院側が拡大防止に本気で乗り出したのはことし五月になってからだ。
しかも、二〇〇八年から〇九年にかけ福岡大病院(福岡市)で四人がMRAB感染で亡くなったことから、厚生労働省がMRABの院内感染について速やかな報告を求める通知を出していたが、帝京大病院は報告を怠ってきた。
八月初旬、厚労省と都が定例の立ち入り調査をした際、報告の機会があったのに院内感染の事実を隠し通し、公表したのは今月三日になってからだ。本来ならMRABを最初に確認した時点で感染経路を調べ、被害の拡大防止を図るべきだが、今では感染経路の究明は不可能になってしまった。
「感染させなくてもいい人を感染させた」(同病院)ことは明らかであり九人もの死亡は病院の杜撰(ずさん)な対応が招いた人災といってもいい。院内感染の情報を病院全体で共有する体制になっておらず、感染防止対策が形骸(けいがい)化していたことを反省しなければならない。
MRABとは別の多剤耐性緑膿(りょくのう)菌の感染で患者一人が先月死亡したことも新たに分かった。
大学病院には重い患者が集中しやすい。他方、抗生物質の多用で新たな耐性菌が次々と生まれ、院内感染を完全に防ぐのは難しい。健康人には無害のMRABなどのような常在菌でも、重症患者には致命的になる。こうした危機意識の欠如、油断が背景にあったのではないか。
院内感染を徹底的に防止するのは、帝京大に限らず、すべての医療機関の責務である。
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