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天声人語

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2010年9月6日(月)付

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 江戸の天才絵師、葛飾北斎の「富嶽三十六景」は眺めていて飽きない。その世界的な名品とともに、北斎は富士山を川柳に詠んでもいる。〈八の字のふんばり強し夏の富士〉。誉れ高い絵と違って、これなら下手の横好きもお近づきになれそうだ▼その富士の「ふんばり」も、この夏はひとしおだったことだろう。なにせ大勢が登った。7月の山開きから8月末までに、山梨側からは約26万人を数え、空前のブームでにぎわった。静岡側からも14万人を超えた。さすがの「八の字」も、ずいぶん重たい思いをしたに違いない▼「いやはや大変だった」は、行ってきた知人の開口一番である。えんえん人の背中とお尻を見て登ったそうだ。お正月の初詣で、といった感じらしい。山の静寂より、祝祭的な雰囲気を、登る人も求めているようだったという▼江戸の昔にも富士登山は大流行した。「富士講」と呼ばれた大衆の信仰登山だ。背景には時の幕府への不満があったというから、歴史はやはり繰り返すのかもしれない▼ところで、あの「八の字」の形を、裾野(すその)の広さの割に低いと腐(くさ)したのは太宰治だった。もう1.5倍は高くなくてはいけないと、こちらは「富嶽百景」に書いている。この名短編で太宰は、富士山をけなしたり、ほめたりと忙しい▼世界に名峰は多いが、幼児が描いてもすぐそれと分かる山はざらにはない。高低はともかく、単純さと、それゆえの聖と俗が人を様々に引きつける。登ってもよし。眺めてもよし。あってよかったとつくづく思う、不二の山である。

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