HTTP/1.1 200 OK Date: Mon, 23 Aug 2010 21:14:16 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Connection: close Age: 0 東京新聞:占守(しゅむしゅ)島の名を知る日本人は少数だろう。千島列島…:社説・コラム(TOKYO Web)
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【コラム】

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2010年8月23日

 占守(しゅむしゅ)島の名を知る日本人は少数だろう。千島列島の最北端。ロシアのカムチャツカ半島を見渡せる小さな島だ。一九四五年八月の敗戦時、島には日本軍の守備隊がいた▼精鋭の戦車部隊、二万三千人の将兵が無傷のまま残っていたこの島に、国際法を無視したソ連軍が攻撃を開始したのは八月十八日未明。武装解除の準備をしていた将兵は、再び武器を取り戦闘に臨んだ▼激しい戦闘は四日間に及び、両軍合わせて二千五百人を超える死傷者が出た。敗戦後に始まったこの戦いを題材に、作家の浅田次郎さんは、長編小説『終わらざる夏』を書いた▼戦闘シーンは最後に少し出てくるだけだ。島にいる兵士の生還を待つ妻や母の切ない思い、疎開した子どもたちの願い−。庶民のささやかな生活を押しつぶす戦争の理不尽さが重層的に描かれている▼浅田さんは徹底的に資料を調べたが、戦争体験者に取材しなかった。証言の力に負けてしまうと考えたからだ。同時に、客観的事実をベースに物語を紡ぐことが、小説家として「死者に対する一番正しい態度だと思った」と振り返る▼戦闘後、占守島の将兵らはシベリアなどで長い抑留生活を強いられた。スターリンが、日本軍捕虜五十万人をシベリアで強制労働させるという極秘指令を出してからきょう二十三日で六十五年。掘り起こさなければ、埋もれてしまう歴史がある。

 

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