イスラム世界がラマダンに入ったようだ。ご存じ、断食月。太陰暦であるヒジュラ暦に従うため、毎年十日ほど時期がずれ、今年は真夏のラマダンである▼つらいことはつらいだろうが、食物も水も口にできないのは日の出から日没まで。以後は食べ放題で、親類を招いて食事会をしたり、ちょうど日本のお盆や正月のような雰囲気だ▼いわゆる断食のイメージとは遠く「ラマダンには太る」という冗談もあるほど。むしろ、家族やご近所でわいわい楽しそうで、その、つながりの強さが目立つ時期でもある▼<子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る>。先日亡くなった河野裕子さんの歌を小欄に引いたのはまだ半年ほど前。奈良で夫婦が長男を餓死させる事件があった時だが、その後も大阪で母親が二人の幼児を置き去りにして死なせるという事件が起きている▼それだけではない。今度は、百歳以上の「行方不明者」が相次いでいる問題をきっかけに、お年寄りの同じような悲劇も明るみに出た。三重県熊野市で、同居の八十代の母親に食事を与えず死なせたとして息子が逮捕された▼どんな方法ならよい、ということは無論ない。けれど家族が食を断ち少しずつ“殺していく”なんて、あまりにむごすぎる。家族の温かさがにじむ、ラマダンの「断食」との恐ろしいまでの隔たりを思う。