HTTP/1.1 200 OK Date: Fri, 06 Aug 2010 21:14:23 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Connection: close Age: 0 東京新聞:原爆忌に考える 太い声で語りんさい:社説・コラム(TOKYO Web)
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【社説】

原爆忌に考える 太い声で語りんさい

2010年8月6日

 いつもと同じ暑い夏、いつもと違った顔ぶれが、初めてここに並びます。ヒロシマの祈り、太い声で伝えますけん、みなさん、よう聞いてくれんさい。

 チラシの言葉が、目について離れません。

 「大事なことはただ一つ。必ず太い声で読まんさいよ」。原爆投下直後の広島を舞台にした「少年口伝隊(くでんたい)一九四五」のチラシです。

 ことし四月に亡くなった井上ひさしさんが二年前、東京・新国立劇場の若い研修生のために書き下ろした約一時間の朗読劇。先月初め市民有志の手によって、広島で初めて上演されました。

 ◆朗読者が頼りなの

 一九四五年のあの日、爆心地に近い中国新聞社では、百十三人の社員と社屋、そして輪転機を失います。しかし、「新聞社が新聞をよう出させんいうんは、いかにも不細工な話ですけえ」と、若い女性社員一人、国民学校六年の少年三人で「口伝隊」を組織します。

 少年たちはメガホンを片手に廃虚を駆け回り、市役所や軍管区からの情報を読み上げます。

 実在のモデルがありました。社史「中国新聞八十年史」には、四人の名前が残っています。時節柄、大本営発表を伝える役目もありました。だが、そこは井上作品です。それだけには終わらせません。被爆の惨状は詳細を極め、少年たちの心理描写はこまやかです。チラシの言葉は、女性社員が少年たちに教えた口伝隊の心得でした。

 広島初演のプロデューサーを務めた富永芳美さん(60)は、鳥取県生まれ。嫁ぎ先の広島で約三十年暮らしています。五年前、一人娘に勧められ、広島原爆死没者追悼平和祈念館の朗読ボランティアに応募したのが、被爆者との交流を深めるきっかけでした。

 そんな富永さんでさえ、長年気おくれを感じてきたそうです。「広島生まれでも、被爆二世でもないあなたが、どうして体験記の朗読なんか」と、被爆者に言われたこともありました。

 迷いを解いてくれたのも、尊敬する女性被爆者のひと言でした。

 「わたしたちはいつかいなくなる。あとは朗読者が頼りなの」

 「第三者として、被爆者と若い世代を結ぶ中継点になりましょう」。富永さんは、その時心に決めました。

 さらに背中を押したのが、昨年夏の井上さんの講演でした。

 「広島で口伝隊をやってほしい」という呼び掛けに、「あたし、やる」と手を挙げました。あとさきのことは考えず。

 ◆それを語るすべもなく

 広島で原爆ものは当たらない。そんなジンクスを乗り越えて、四回の公演はすべて満席、猛げいこのかいあって、地元のスタッフ、素人役者をかき集めて作った芝居は成功でした。

 富永さんは、大きな声で言葉を伝えた少年たちに自身の姿を重ねつつ、終幕近い地読みのせりふをかみしめました。

 「亡くなった人たちはたくさんのことを知っています。でも、それを語るすべもなく、ゆっくりと揺れています」

 原爆がすべてを灰にした直後、「このときから、漢字の広島は、カタカナのヒロシマになった」と、地読みは語ります。

 そのヒロシマは、過渡期を迎えているようです。六十五回目の盛夏、被爆者は年老いて、記憶の風化が進んでいます。

 オバマ米大統領が昨年四月のプラハ演説で「核兵器を使用した唯一の核保有国として、合衆国には行動する道義的責任があります」と原爆投下の責任を受け入れました。きょうの平和記念式典には、国連の潘基文事務総長、米国のルース駐日大使のみならず、核兵器を保有する英・仏の代表も、初めて顔をそろえます。

 しかし一方で、パキスタン、インド、北朝鮮へと核は拡散し、平和利用の名のもとの原子力ビジネスも拡散の危険と常に裏腹です。いつにも増して、正しく、強い言葉の力、伝える力が必要です。

 大統領の言葉を引き出したのも、新しい平和の言葉と行動を引き出すことができるのも、ヒロシマの死者と生者が語り続ける膨大な言葉の堆積(たいせき)があるからです。

 ◆われら少年口伝隊

 「必ず太い声で…」と、もう一つ、井上さんは口伝隊の面々に、こんな戒めも遺(のこ)しています。少年たちの相談役として登場する“哲学じいたん”の言葉です。

 「声の大きか方へ、太か号令の方へ、よう考えもせずになびいてしまうくせが、人間にはあっとってじゃ。太か号令は、そのときは耳にうつくしゅう聞こえるけえね。このような現実をつくってしもうたんは、そのくせのせいかもわからん」

 少年口伝隊は、わたしたち自身です。

 

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