大阪市西区の養育放棄事件は衝撃的だ。幸せそうに子育てをしていた母親に何が起きたのか。現場の部屋の前で立ちすくんでいたのは児童相談所だけではなく、子育て支援の行政ではないか。
暑い日が続く中、閉め切られたマンションに三歳の女児と一歳の男児が置き去りにされ、死亡した。エアコンは止まり、冷蔵庫は空だった。悲惨というほかない。
死体遺棄容疑で逮捕された風俗店従業員の母親(23)は最初のうちは子どもの誕生を喜び、慈しんでいた。ブログには子煩悩ぶりをうかがわせる書き込みもあった。
昨年五月に離婚し、女手一つで育児を始めて心境が変わったようだ。「ご飯をあげたり、お風呂に入れたりするのが嫌になった。子どもなんていなければよかったと思うようになった」と供述。ストレスを募らせ、現実逃避願望を膨らませていったとみられる。
児童虐待は増加の一途だ。全国の児童相談所(児相)が昨年度に対応した相談件数は四万四千二百十件で過去最多に上った。社会の意識の高まりが背景にあるとされるが、深刻な数字だ。
問題なのは、児相をはじめ病院や学校といった公的機関が、虐待が疑われる家庭に関与しながら子どもの死亡を防げなかった事例が目立つことだ。二〇〇八年度は六十四件のうち五割を超す三十五件がそうした事例だった。
今度の事件でも、幼い姉弟が泣き叫ぶ異変に気付いた住民の通報で、大阪市の児相は五回も現場に足を運んだ。だが、誰が住んでいるのかさえ分からず、お手上げ状態だった。管理人に鍵を借りて部屋に入るとか手を尽くしていれば救えたのでは、と悔やまれる。
児相には強制的に住居に立ち入ることができる権限はあるが、裁判所に許可を求めねばならず手続きは煩雑だ。虐待が立証できないときの責任を恐れて躊躇(ちゅうちょ)する現状もある。もっと臨機応変に人命救助に動ける仕組みが大切だ。
虐待の理由には、望まない妊娠や出産、仕事と子育ての板挟みによるストレスなどが挙げられている。逮捕された母親も社会的に孤立を深め、精神的に追い込まれていたのではないか。
緊急時に必要なのは行政の子育て相談や育児支援だ。母子家庭向けの保護施設に頼っていれば、ゆとりを取り戻し、虐待には走らなかったかもしれない。行政は待ちの姿勢ではなく、子育てを応援する制度を積極的にPRすべきだ。
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