HTTP/1.0 200 OK Server: Apache/2 Content-Length: 17345 Content-Type: text/html ETag: "55eec1-43c1-9a484c0" Cache-Control: max-age=5 Expires: Sun, 01 Aug 2010 22:21:22 GMT Date: Sun, 01 Aug 2010 22:21:17 GMT Connection: close asahi.com(朝日新聞社):天声人語
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天声人語

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2010年8月2日(月)付

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 休日でも、昼酒には多少の遠慮が伴うのが日本である。居もしない「世間様」が気になるのは、日の高いうちの享楽を慎む農耕民族の血だろうか。華やいだ酒はなおさらだ▼赴任地のパリで住居を探した際、高層アパートを下見した。平日の昼下がり、最上階のその部屋では若い男女が食事中だった。大家の息子夫婦で、仮住まいだという。半分ほど空いたシャンパンの瓶が、緑の影を揺らしていた。こんな生活もあるんだと驚いたものだ▼リッチな食卓がよみがえったのは、〈最古のシャンパン発見か〉という外電ゆえである。フィンランド沖の深さ60メートルに沈む難破船に、まだ飲める約30本が眠っていたという。コルク栓などから、老舗(しにせ)ヴーヴ・クリコの創業期、1780年代の品らしい▼ルイ16世がロシア王室に送った荷、との説もある。本当なら大革命の直前、ブルボン朝末期の味である。試飲した発見者らによると、時を止めた享楽は甘く酸っぱく、気泡もあった。期せずして冷暗に保たれた幸運だろうか▼鑑定中ながら1本500万円とも伝えられる。もはや飲料というより生き証人としての価値だろう。近現代史の明暗を海底で見届けたボトルたちである。栓を抜く時のためらいたるや、どんな昼酒もかなうまい▼あるシャンパン生産者の言葉を思い出す。「祝いの酒なので、戦争や災害は大敵。一本開けようかとなる世相が大切です」。開け時があるのなら、「開けられ時」もあろう。まどろむ金色の液体にはまず、2010年のこの空気に触れたいか、聞いてみたい。

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