HTTP/1.1 200 OK Date: Sat, 24 Jul 2010 01:14:44 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Connection: close Age: 0 東京新聞:スポーツに審判はつきものだが、大相撲は独特だ。土俵上で勝負…:社説・コラム(TOKYO Web)
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【コラム】

筆洗

2010年7月24日

 スポーツに審判はつきものだが、大相撲は独特だ。土俵上で勝負を判定する行司はあくまで行司であり、審判員は別にいる▼土俵脇にいる五人の親方が、それ。行司軍配に異議がある場合は、「物言い」をつける。別にいる、取組をビデオでチェックする係の親方とも交信しつつ、それも参考に協議して最終判断する▼さて、これは歴史に残る一番といっていいだろう。昭和四十四年の春場所二日目、当時の横綱大鵬は戸田と当たった。横綱が土俵際でかわしたかに見え、軍配は大鵬に。だが「物言い」がつく▼協議の結果、行司差し違えで戸田の勝ちとなった。ところが、テレビのスロー再生では戸田の足が先に土俵を出ているように見えたため相撲協会にはファンの抗議が殺到。結局、この一番がきっかけで判定へのビデオ導入が決まるのである▼歴史的なのはそれだけではない。実はこの“誤審”で大鵬の連勝記録が、昭和以降歴代三位の四十五でストップしたのだ。それでも大鵬、「あんな相撲を取った自分が悪い」と不満一つ言わなかったという▼昨日の名古屋場所十三日目、横綱白鵬が見事その大記録に並んだ。だが、例の問題で、この快挙もテレビ中継なしなのだから寂しい。最近も親方と暴力団関係者のつながりを疑う報道が相次ぐ。とにかく相撲界は変革を急いでほしい。二度と“物言い”がつかぬように。

 

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