<六月無礼>という言葉がある。旧暦の六月は夏の盛り。服装に多少の無礼があっても構わないという意味だ。『平家物語』の写本に出てくるから、かなり古くからある言葉のようだ(岡田芳朗著『春夏秋冬 暦のことば』)▼環境省の音頭取りで二〇〇五年から始まったクールビズの軽装はすっかり定着した。日本の伝統にあるなら、すんなり受け入れられたことも合点がいく▼前日までと空気の重さの違いを感じていたら、きのうは関東甲信、東海、北陸などで梅雨明け。梅雨前線は土砂崩れなど列島に多くのつめ跡を残し、まだ行方不明の人がいると思うと、梅雨明けを素直に喜ぶ心境にはならない▼心なしか静かだったセミたちは元気に鳴き始めた。セミで思い浮かぶのは、芭蕉の名句<閑(しずか)さや岩にしみ入る蝉(せみ)の声>。『奥の細道』で最も有名な句の一つで好きな芭蕉の句を俳人たちが選ぶ『松尾芭蕉この一句』でも堂々の二位だ▼先日、芭蕉が訪ねたのとほぼ同じ時期に杉木立の中に奇岩が重なる山形の山寺を訪ねた。大汗をかいて千十五段を上る間、意外にも鳴いているセミは一匹だけ。全山が蝉時雨の中という勝手な想像とは別世界だ▼セミの種類をめぐる論争もあったが、あまり意味は感じない。山寺の静謐(せいひつ)さと芭蕉の境地が一体になり、読み手の想像力を膨らませる。時空を超えた世界観は今も色あせない。