HTTP/1.0 200 OK Server: Apache/2 Content-Length: 17251 Content-Type: text/html ETag: "74549-4363-e8efa40" Cache-Control: max-age=5 Expires: Tue, 13 Jul 2010 22:21:48 GMT Date: Tue, 13 Jul 2010 22:21:43 GMT Connection: close
Astandなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
亡くなったつかこうへいさんが在日韓国人だったのはよく知られていた。本名は金峰雄(キム・ボンウン)さんという。平仮名のペンネームを使っていることに、同じ在日の人からよく「祖国の名誉にかけて本名を名乗るべきだ」と手紙をもらったそうだ▼平仮名は、漢字の読めない母親のためだった。つかさんが小学生のころ、母親が「小学校に通って字を習いたい」と言いだした。「恥ずかしいから来ないでくれ」と反対した。その償いを一生かけてしなくてはならないと、20年前の『娘に語る祖国』(光文社)で打ち明けている▼「いつか公平」の願いを込めたというその名は、わが学生時代、まばゆい光を放っていた。出世作の『熱海殺人事件』から『蒲田行進曲』へとヒットを連発した「つかブーム」のころだ。劇作家として演出家として、才気走って脂がのりきっていた▼ときに過激な発言を放ったのは、通り一遍の正義の「嘘(うそ)」を暴くためでもあったろう。善意にも毒は潜み、悪意の中にも優しい花は咲く。どちらが信じられるのかを、作品を介して人に迫るようでもあった▼「芝居をやっていて、幕を下ろすほど難しいことはない」と言っていた。この複雑な時代、観客を納得させるエンディングなど、そうあるわけではないからだ。芝居に人生を重ねてのことか、病の床で死後公開の遺言をつづっていた▼遺言は、日韓のはざまの対馬海峡で、娘に散骨してもらおうと思っていると結ばれていた。美しい終幕だが、62歳での他界をファンは納得したくあるまい。やはり少し、早すぎた。