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鳥のように飛ぶ夢は、自由への渇望とも、抑圧の裏返しともいわれる。20世紀絵画の巨匠シャガールはどんな夢を見ていたのだろう。抱き合う恋人たち、動物、故郷の幻影。万物が画布を舞う▼上野の東京芸大美術館でシャガール展が始まった(10月11日まで)。仏ポンピドーセンターの作品群は、色鮮やかな夢のかけらを思わせる。まとめての公開は初という歌劇「魔笛」の舞台装飾デッサンは、晩年、米メトロポリタン歌劇場に頼まれた仕事だ▼帝政ロシア出身のユダヤ人画家にとって、劇場のあるニューヨークは悲しみの地でもある。ナチスから逃れ来た異境で、30年連れ添った同郷の妻ベラに先立たれた。放心の果ての一作「彼女を巡って」が美しい▼深い青の中に、すすり泣く妻と自身、古里を映す水晶球を配し、上を新婚夫婦やハトが飛ぶ。嘆きの主に7年寄り添った女性バージニア・ハガードが、制作中の姿を『シャガールとの日々』(西村書店、中山公男監訳)に記している▼〈彼の顔は緊張し苦痛に満ちていた。激しい憤りを感じているようにも見えた……ベラと共に消え去ってしまったものを、もう一度この世に呼び戻そうとしているのではないかと思うほどだった〉。涙で溶いたような紺青だ▼この絵と対照をなす「日曜日」は、65歳で再婚した頃の作。菜の花色のパリの空を、新妻を抱いて遊覧する幸せの休日である。嘆いては漂い、ほほえんでは舞うシャガール。97年の生涯を満たした悲しみ喜びは、今すべてから解き放たれ、私たちの前に浮かんでいる。