HTTP/1.1 200 OK Date: Wed, 07 Jul 2010 03:14:28 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Connection: close Age: 0 東京新聞:うっとうしい梅雨の季節、家を出る時には確かに手にしていたの…:社説・コラム(TOKYO Web)
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【コラム】

筆洗

2010年7月7日

 うっとうしい梅雨の季節、家を出る時には確かに手にしていたのに、帰る時には消えているのが傘だ。粗忽(そこつ)者なので、これまでに何本なくしたか数え切れない。今年もすでに二回置き忘れている▼急に降り出しても、ビニール傘を安く買える便利な世の中になった。多くは使い捨ての運命だが、江戸時代の傘は立派なリサイクル商品だった。油紙が破れると、紙を張り替えて使っていたという▼使えなくなった傘を買い取る商人は、「古傘買い」「古骨買い」と呼ばれた。京都や大阪では、人形や土瓶、陶製の深鍋などと交換、江戸では破れ方の程度によって四文、十二文など金を払って買い取った▼「古骨はござい」と言いながら町の中を歩き回り、買い取った古傘は傘屋が骨を削り直して紙を張り、新品に再生していたという(北嶋廣敏著『図説大江戸おもしろ商売』)▼江戸時代は循環型のエコロジー社会だった。紙は何度もすき返され、最後に燃やされた後の灰も買い取られ、また使用された。法政大の田中優子教授は「貪欲(どんよく)と浪費」より「配慮と節度」を重んじる価値観をそこに見いだす(『未来のための江戸学』)▼安い傘を買うからすぐなくすんだとの声に応えて、きのう、奮発して二千円の傘を買った。さて、いつまで手元にあるだろうか。江戸の価値観にならい、なくす前に壊れたら修理して使うつもりだ。

 

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