農家に対する全国一律の戸別所得補償は、民主党政権誕生の大きな力になった。だがそれだけでは農業の維持は難しい。この国の政治は“農”をどうしたいのか。今度こそ、参院選で見極めたい。
本年度からコメを販売する生産者を対象に戸別補償のモデル事業が始まった。転作に参加する農家には、水田十アールにつき年一万五千円を全国一律に支給する。政府が指定する作物に転作すると、最高八万円までが、品目に応じて上乗せされる。
民主党の戸別補償は、二〇〇七年参院選のマニフェスト(政権公約)に初めて現れた。
参院選の勝敗は、一人区が左右する。農村票の行方が鍵を握っている。農村部は長年自民の金城湯池、一兆円を投入するとうたってそこへ切り込む小沢一郎前幹事長の戦略だった。その時の二十三勝六敗という一人区での圧勝が昨年の政権交代への布石になった。
先の自民党政権は、輸入農産物との競争力をつけるため〇七年、支援を担い手と呼ばれる大規模農家に集中する政策を打ち出していた。経営規模に関係なく一律に収入を補てんする新政策には「バラマキ」との批判も絶えない。
農業者側からも「小規模農家にメリットが少ない。米価は下落の一途で焼け石に水。全国一律の補償は特産品の普及を妨げる」といった不満の声が上がっている。
今度の参院選マニフェスト。民主党は、来年度からの本格実施に向けて、農業以外の分野への拡大をうたった。ところが、当初一兆円といわれた財源規模は示されず、農業の現場には「戸別補償もいつまで続くかわからない」との不安感も広がっている。
自民は、規模拡大を念頭に環境保全など農業・農村の多面的機能に“対価”を支払う「日本型直接支払制度」の創設を柱に据える。
生産意欲の高い農業者が抱く不安の底には、選挙の都合でくるくる変わる“猫の目農政”への不信がある。農業は自然相手のなりわいだ。一朝一夕に変えられるものではない。高齢化が進み、田畑が荒れていく中で、選挙に勝つための応急措置にとどまらず、日本の農業を将来にわたって維持するためのプランがほしい。
意欲的な農業者が今、政治に渇望するものは、十年、二十年、百年先の農業をどうするかという展望だ。農の荒廃、衰退はそのまま私たちの食生活に跳ね返る。農政のビジョンは、消費者にも重要な問題だ。
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