HTTP/1.1 200 OK Date: Sat, 03 Jul 2010 22:14:54 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Connection: close Age: 0 東京新聞:週のはじめに考える 『日本論議』に深みを:社説・コラム(TOKYO Web)
東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社説・コラム > 社説一覧 > 記事

ここから本文

【社説】

週のはじめに考える 『日本論議』に深みを

2010年7月4日

 参院選の投票日まであと一週間。消費税率引き上げの是非が最大の争点になっていますが、何か忘れられている論点がある気がしてなりません。

 大の親日家だった米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のハンス・ベアワルド名誉教授(82)が先月なくなりました。ドイツ人ビジネスマンの子として東京で生まれ、米大学を卒業後、政治学者になる前の三年間、GHQ民政局に勤務しました。公職追放を担当し「市川房枝さん(元参院議員)を追放処分にしたのがわが人生最大のミステーク」と生前、告白していました。「日本人と政治文化」などの名著を残していますが、同教授の日本政治学は日本人論そのものでもありました。

◆「落としどころ」の政治

 日本の国会について米政治学者の一人が計量政治学の手法で「国会は本会議が中心」との論文を書きました。だがベアワルド教授は「委員会審議が原点で、本会議は形式的」と反論しました。委員会では各党が主張をぶつけ合い修正要求も出すが、本会議上程までには夜の国対委員会(料亭政治などの非公式折衝)で与野党間に暗黙の合意が形成される。物理的抵抗はしても野党は押し切られることを承知の上で反対。「落としどころ」という用語が多用されるのも国会の特徴だ−これがベアワルド教授の分析です。計量政治学にはなじまないのですが、私たち日本人を十分納得させる指摘です。

 いま列島各地で展開されている参院選の舌戦では、消費税引き上げ問題が中心的争点ですが、10%案をめぐる計量政治学的な是非論争に陥りがちで、ベアワルド教授が指摘する政治の本質部分が欠落してはいないでしょうか。

◆「自助・共助」と「公助」

 「ラッファー曲線」−一九八〇年代、レーガン米大統領の税制改革の際、しきりに耳にした言葉です。税率と税収の相関関係を曲線化した米経済学者アーサー・ラッファー氏の説。税率ゼロなら税収ゼロは当然ですが、税率100%でも勤労意欲をなくすので税収ゼロ。税率が適正な数値で税収が最大に増える。だから同数値を超える人を対象に減税すれば税収は増えるとの理屈です。レーガノミックス(供給重視の経済学)は税率をフラット化した減税で景気を刺激しましたが、やがて財政赤字と貿易赤字という双子の赤字を増大させる結果を招いたのです。

 日本では江戸時代に農民の年貢を重くした結果、一揆が急増したといわれています。八代将軍徳川吉宗の「享保の改革」で幕府創設以来の「四公六民」(四割納税)を「五公五民」に変更したからです。為政者が税のハンドリングを誤ると、社会が乱れることを内外の歴史が教えてくれます。

 いま国家財政も社会保険財政も収支バランスが大きく崩れているので、各党が何とかしなくては、と焦る気持ちは分かります。

 しかし、たとえば国民年金の基礎年金を社会保険方式(自助および世代間共助)から税方式(公助)に切り替えることは国民年金法の六一年施行以来、約半世紀貫かれてきた自助・共助による社会扶助という理念の放棄をも意味します。国庫負担限度を二分の一以下に抑えてきたのも、年金は「友愛精神」に支えられた制度だから国庫負担分が保険料負担分を超えてはなるまいとの判断からです。

 その一方で政府は昨年来、「借金大国」からの脱出策の一つとして介護・子育て支援など公共サービスへの民間参入、つまり公助よりも自助・共助分野の助成を拡大しようとしています。「新しい公共」と銘打って民間非営利団体(NPO)への寄付を増やし、本来は政府や自治体がやる仕事を肩代わりしてもらおうというのです。年金分野では自助・共助を公助に切り替え、行政分野では公助を自助・共助に変えていく。国政全般の整合性をどうとっていくのか。本当は、その論議を深めてほしいものです。

 ここ約十年で国民は、小泉−竹中ラインの新自由主義ともいわれる市場原理主義を体現した郵政民営化など「小さい政府」志向と、昨年の政権交代以来の子ども手当を中心とする「分配重視」志向という全く方向の異なる二つの政治を体験しました。

 菅直人首相は就任後、「第三の道」を国の目標として掲げると同時に、「自民案を参考に消費税に関する超党派論議を進めたい」と提起しています。

◆消費税の審判の前に

 参院選の結果次第ですが、次の衆院選が消費税率引き上げを問う審判の場になる可能性が強まっています。その前に自助、共助、公助の負担割合と日本の方向性をきちんと整理し、国民に示して最終的判断を仰ぐことが政治の責任ではありませんか。

 

この記事を印刷する