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大恐慌に陥った世界経済の立て直しのため66カ国がロンドンに集まった1933年の世界経済会議。「借金してでも財政出動を」という英国の経済学者ケインズの提言は採用されなかった。それから70年余。財政出動は、リーマン・ショック後の世界金融危機を乗り越える切り札となった。
ところが先週末のG20首脳会議では、米欧の意見が割れた。ギリシャ危機に揺らぐ欧州は、景気刺激の維持を求める米国の反対を押し切って歳出抑制や増税路線にかじを切った。
■増税しても成長へ
世界同時不況から脱し、次の危機も封じる有効な処方箋(せん)は何か。大恐慌の時代より格段に進歩したはずの財政・金融政策も現代経済学も、その問いに対する明快な答えを出せていない。「経済学は物理学でいえばニュートンよりだいぶ前の段階」(小島寛之帝京大教授)とさえ評されるゆえんだ。
先進国は財政赤字を2013年までに半減させる。そのG20の目標で、国内総生産(GDP)の2倍近い借金を抱える日本は例外とされた。菅直人首相の「財政と成長を両立させる」という説明も、苦し紛れと受け止められたかもしれない。しかし、その実現に首相は本気で挑むべきだ。
「増税しても使い道を間違えなければ成長できる」。菅氏の主張は、景気が回復するまで増税できないという旧来の常識に反する。だが、新しい経済理論とその実行は日本と世界が求めているものではないだろうか。
日本はこの20年、名目のGDPは増えていない。格差や貧困の広がりが社会的な停滞を生んでいる。新たな政策路線に修正すべきときである。
しかし、その政策の財源の確保は放置されてきた。この十数年の間、増税の必要は常に指摘されながら、歴代政権は先送りを続けてきた。
■消費税から逃げない
ここへきてようやく、消費税から逃げない姿勢を政治が打ち出した。
自民党が参院選の公約に消費税率を「当面10%」と明記した。民主党はマニフェストに「消費税を含む税制の抜本改革の協議を超党派で始める」と書き、消費税を封印してきた従来の路線を転換した。さらに菅首相は「自民党の税率10%をひとつの参考として検討する」と踏み込んだ。
たちあがれ日本、新党改革も消費増税に前向きだ。公明党は、社会保障を強化する財源として税制抜本改革を求めている。
一方、社民党と共産党は消費増税に反対する。国民新党、みんなの党は消費増税論と一線を画している。
消費税などの増税から逃げ続ければ、行政サービスを支える政府支出を大幅に削ってもなお、国債という借金の泥沼から抜け出せそうにない。そのことに向き合うなら、増税反対ではすまない。国民生活を危機から守り、向上させていくには、財源をいかに確保し、どう使っていくかを真剣に議論しなくてはいけない。
それには「消費税タブー」を乗り越えるだけではだめだ。増税による税収を雇用増、市場創出、経済成長へと結びつけなければ意味がない。
税金を高くすると消費が低迷し、成長を損なうと懸念する声も、あって当然だ。だが、近年の経済指標を分析すると、いちがいにはいえないことがわかる。税金が高く社会保障支出が大きいスウェーデンも、税が安い米国に匹敵する高成長を維持してきた。日本は米国型に近いが、低迷している。
■成否分ける税の使途
問題はまさに菅首相が言うように「増税分の使い道」にかかってくる。
積年の無駄な公共事業のイメージが残る国民には、政府への不信感が根深い。増税をどうやって福祉や教育、環境の充実と経済発展につなげるのか。菅政権はその基本的な考え方や具体例を示し、国民の理解と支持を得なければならない。さもないと増税は実現できず、財政再建と成長の両立も夢と消えてしまう。
この意味で、成功のカギとなるのは、雇用を生み出すことだ。失業者とその予備軍を合わせて900万人にのぼる人々を可能な限り吸収していく。そういう新市場を生み出し、民間の投資と消費を引き出すことに税収を集中して投じるべきである。
有望なのは、介護や医療、保育の分野で雇用を生み出す政府支援だ。これらの分野には多くの需要がある。介護士や小児科医、産科医は慢性的に不足しており、保育所に入れない待機児童はどの地域でも列をなしている。
供給不足を解消しつつ良質なサービス供給を増やすには、政府が助成策を打つ必要がある。たとえば、保育所や特別養護老人ホームの大増設をすれば、それぞれ数十万人ともいわれる待機者の需要にこたえると同時に、かなりの雇用創出効果も見込める。
環境分野も期待できる。地球温暖化対策を進める上で、新たな財源として環境税も導入しつつ、技術革新をテコに新産業と雇用をつくり出したい。教育や職業訓練の機会を充実して新産業を担う人材をつくることも、経済成長の土台を強化するのに役立つ。
財政再建と成長の両立。それは決して簡単ではないが、英知を結集して挑戦すべき課題である。これに成功すれば、日本は危機克服モデルの開拓者として世界に大きく貢献できよう。