なぜ労働党を支持するのか。インタビューでこう問われ、失業問題を重要視しているからだと答えた英国の作家ケン・フォレット氏の言葉を、作家の塩野七生さんが自著『日本人へ』で紹介している▼<人は誰でも、自分自身への誇りを、自分に課された仕事を果(はた)していくことで確実にしていく。だから、職を奪うということは、その人から、自尊心を育(はぐ)くむ可能性さえも奪うことになるのです>▼失業は生活の手段を失うこととしか考えていなかった塩野さんには「眼(め)からウロコ」だった。同時に「民衆派」と呼ばれたローマの指導者の政策が何を意味したのか、納得できたという▼仕事は生活の糧を得るだけではなく、自己実現の手段でもある。誇りを持てない不安定な非正規労働の若者が何百万人もいる一方で、外国人社長が八億九千万円の報酬を受け取る社会は、どこかいびつで居心地が悪い▼広島県のマツダ工場で起きた十一人殺傷事件で、現行犯逮捕された四十二歳の元期間従業員の男は「クビになり恨みがあった」と供述している。「自ら退職した」という会社側の言い分と食い違う▼容疑者は長年、派遣など非正規雇用で職を転々としていたという。「秋葉原の(無差別殺傷)事件のようにしてやろうと思った」という慄然(りつぜん)とさせられる強い殺意がなぜ生まれたのか。捜査当局による動機の解明を待ちたい。