木下藤吉郎が織田信長に仕えて間もなく、清洲城の塀の修理を任された。賃上げを求める男たちをまとめられなかった前の工事奉行は解任されたが、藤吉郎は男たちの気持ちをつかみ、わずか一晩で直してしまった▼この人心掌握術を著書『将の器 参謀の器』で紹介した作家の童門冬二さんは、にぎり飯とおかゆを対比させ<組織の成員は、ニギリメシの米つぶでなければならない>との組織論を藤吉郎に成り代わって展開している▼組織の悪習に侵されて、米つぶが自分を失っている状態をおかゆに例える。<自分の意志がなく、人のいいなりだ。だから自分の大切なものは、汁に吸い取られてしまっている>▼しかし、にぎり飯は違っている。<ニギリメシという組織に属していても握られた米つぶが一粒一粒、自分は米つぶだという主張をしている。つまり自分にとっていちばん大事なアイデンティティをしっかりと持っている>▼藤吉郎流の組織論から見ると、サッカーのワールドカップ南ア大会の日本代表は「にぎり飯型」の強いチームになった。世界ランク4位のオランダには惜敗したが、選手は使命を自覚し、攻守にわたり役割を十分に果たした▼次のデンマーク戦で勝つか引き分ければ、海外開催では初めての決勝トーナメント進出となる。壁は高いが、一人一人が輝けば、ひらりと乗り越えられる高さだ。