菅内閣が発足した。政権交代への期待を引き継いだ菅直人首相は歴史の転換期に政権を担う使命を自覚し、国民のための政策実現に果断に挑んでほしい。
日本近代政治史上初めて、有権者が選挙で首相を交代させた昨年の衆院選。民主党政権に託されたのは、日本の社会、経済、政治を覆う閉塞(へいそく)感の打破だろう。
鳩山由紀夫前首相から菅氏への首相交代でも、有権者の求めるものが変わるわけではない。
前政権でも数々の処方箋(しょほうせん)が示されたが有効さは証明されていない。菅氏はまず、日本再生へどんな具体策を示すのかが問われる。
◆第三の道は険しく
菅氏は就任会見で「政治の役割は人々が不幸になる要素を少なくする『最小不幸社会』をつくることだ」と述べ、財政再建を新政権「最大の課題」と位置付けた。
経済成長鈍化で税収が落ち込む中、どう財政を再建するのか。菅氏が掲げるのが「第三の道」だ。
「第一の道」が公共事業中心の需要拡大策、「第二の道」が規制緩和など構造改革路線で、「第三の道」は、成長が期待できる介護、医療、観光、環境などに予算を重点投入することだという。
これにより、雇用が増えて経済成長を実現し、社会保障も充実する。「強い経済、強い財政、強い社会保障を一体として実現する」というのだ。
第二の道で、「勝ち組」と「負け組」との格差が広がったことは否めない。その修正に政府の役割を重視するのは一つの手段だ。
かつて英国保守党のサッチャー首相は市場原理重視の経済政策を進め、これに対抗するために労働党のブレア首相が掲げた政策が第三の道と呼ばれた歴史がある。
菅氏が採ろうとする経済政策を第三の道と名付けたことから、自らの役割を歴史の中で位置付けようとする意気込みは感じ取れる。
◆普天間も新視点で
とはいえ、第三の道を行くにも国の借金は八百兆円を超える。税収の落ち込みで、本年度は国債発行が税収を上回る異例の予算だ。
菅氏は会見で「財政を立て直すことが経済成長の必須条件だ」と述べた。そのためにも事業仕分けで明らかになった税金の無駄遣いをなくし、歳出構造を抜本的に見直すことが先決だ。
第三の道が消費税率引き上げの免罪符になってはならない。
鳩山前首相退陣理由の一つである米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)返還問題も、今年が日米安全保障条約改定から五十年に当たるのを機に、歴史の転換期という観点からとらえ直す必要がある。
菅氏はオバマ米大統領との電話会談で「鳩山政権の下で形成された合意をしっかり踏まえることが引き継いだ私たちの責任だ」と、名護市辺野古に移設する日米合意を継承する考えを伝えた。
しかし、在日米軍基地の約75%が集中する沖縄県民の基地負担は限界を超えており、抑止力論では県内移設受け入れを説得し切れない段階まできている。
ここはやはり、政権交代の原点に返って、沖縄にこれ以上の基地負担を強いることは日米安全保障体制を弱体化させかねないと警鐘を鳴らし、普天間飛行場の国外・県外移設を追求すべきだ。
日米間では同盟関係を「深化」させる作業が進んでいるが、軍事面の協力に限らず、環境や核軍縮、テロ対応、エネルギーなど地球規模の課題にも対応できるよう「進化」させる必要もある。同時に、米軍のプレゼンスを徐々に減らせるよう東アジアの緊張を緩和させる、緻密(ちみつ)で大胆な日本独自の外交努力も求められる。
菅氏は今月下旬、カナダでの主要国首脳会議(サミット)出席時にオバマ氏と日米首脳会談を行うが、この初顔合わせが、菅政権下の日米関係を占う試金石となる。
「政治とカネ」の問題をめぐり、新しい閣僚・党幹部からは、企業・団体献金から個人献金への転換宣言も聞かれる。
自立した個人が自らの判断で、民主主義のコストとして政治家に浄財を提供するという理想を追求する姿勢には好感が持てる。
企業・団体が献金で政治を動かす時代ではない。新政権発足を機に、企業・団体献金を禁止すべきだ。菅氏の指導力に期待する。
◆国民のため果敢に
菅氏は就任会見で、自らの政権を幕末の志士、高杉晋作にあやかって「奇兵隊内閣」と名付けた。
奇兵隊には武士以外からも参加していたという。世襲議員でなく、市民運動家から首相に就いた軌跡を奇兵隊と重ねたのだろう。
自民党政権時代から鳩山前首相まで世襲議員の首相が続き、菅氏の首相就任は、時代の変わり目を象徴しているようでもある。
奇兵隊内閣には、勇猛果敢に戦ってもらいたい。が、それは国民のためでなくてはならない。
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