HTTP/1.1 200 OK Connection: close Date: Sun, 06 Jun 2010 21:15:19 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Age: 0 東京新聞:週のはじめに考える 揺れる統合欧州の教訓:社説・コラム(TOKYO Web)
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【社説】

週のはじめに考える 揺れる統合欧州の教訓

2010年6月6日

 「西洋の没落」。警鐘の意味ではあれ、EU大統領からこの言葉が漏れたのには驚きました。揺れる統合欧州の深刻さを物語っているようです。

 ファンロンパイ大統領(欧州理事会常任議長)がドイツの哲学者シュペングラーの著書「西洋の没落」に触れたのは先の来日時、神戸大学で行った講演の席でした。

 「最近、欧州の一部メディアや識者の間に陰鬱(いんうつ)な空気が垂れ込めています。西洋の没落を論ずる者すらいます」

◆日欧の没落はあるのか

 新興国台頭や米中によるG2論が、これまでの国際社会の主要プレーヤーだった欧州や日本の影響力を排除しかねない−。大統領は「そうした議論は誇張であり、誤りだ」と断言し、経済のグローバル化とは別に、今後は政治のグローバル化が重要になると強調、そのために果たしうる日欧の役割はなお大きい、とさらなる日欧協力を訴えたのでした。

 日本では鳩山政権が崩壊しました。EU大統領の出身国ベルギーでも、選挙区割りに端を発する政争で連立政権が崩壊、総選挙を控えています。日欧による国際的な政治的指導力の発揮は、望むべくもないのが現状です。

 大統領が欧州へ帰国後間もなく発表された総額九十兆円規模のユーロ支援策も期待された効果を十分示すに至ってはいませんが、その過程で示されたEUの危機感の発露を見る限り、今欧州に求められているもの、その置かれている歴史的な立ち位置、をつかむヒントは浮かんできます。

 五月七日のユーロ圏緊急首脳会議から九日の緊急財務相会合までの三日間。焦点は、常に統合促進へ財政的に最大の貢献をしてきながら、ギリシャ危機発覚以降は追加支援に慎重な姿勢を崩さなかったメルケル独首相と、ドイツにも欧州中央銀行(ECB)にも、より積極的な支援負担を求めるサルコジ仏大統領の確執でした。

◆危機を通した深化の歴史

 ユーロ圏脱退もちらつかせた、と伝えられたサルコジ大統領に押し切られるように、メルケル首相は譲歩を迫られました。ユーロ不参加の英国はいち早く支援枠に加わらない立場を示しました。

 国益の衝突が問題なのではありません。生の国益をぶつけ合う場が制度化されているEUの政治的資産、これをあらためて見るべきでしょう。首脳会議が定例化されたのも、一九七〇年代の石油危機を受けてのことでした。危機を通じて統合を深化させてきたのがEUの歴史です。

 象徴的なのは、このさなかの八日、モスクワで開かれた第二次大戦戦勝記念式典にメルケル首相が出席したことです。欧州統合の歴史は、欧州とドイツの抗争と和解の歴史でもあることをあらためて想起させます。

 「西洋の没落」の一、二巻が出版されたのは、第一次世界大戦終戦にかけての時期でした。欧州全体が荒廃し、西欧の価値観が大きく揺らぎ始めた時代でした。

 対独賠償金の処理問題をめぐる国際金融の混乱も絡み戦後ドイツでは物価が高騰、空前のハイパーインフレとなった経験は、その後続いたナチス台頭という負の歴史の記憶とともに現在に至るまでドイツ人の意識下に残っています。

 「政治統合なき通貨統合は機能しない」。欧州がユーロ危機に見舞われている現在、大合唱のようにわき起こっている統合懐疑派の批判は、ユーロ導入当初からある議論です。

 それでも、「通貨統合こそ政治統合を促進する」と、統合が推進されてきた背景には、東西ドイツ統一という政治的追い風を受け「ドイツの欧州ではなく、欧州のドイツ」を掲げた冷戦後ドイツの政治的意思がありました。

 不戦、民主主義、市場経済、人権、福祉などの西欧的価値観をもとに営々と築き上げてきた地域統合体。いま、その行方が「統合疲労」「金融危機」という内外の政治、経済状況下、激しい逆風に晒(さら)されているのです。ドイツの新たな役割は描けていません。

 統合の後退は、過激なナショナリズムや大衆迎合主義の誘惑を生みかねません。その兆しはすでにそこここに表れています。

◆「欧州の消費者」の警鐘

 「西洋」は、ドイツ語で日の没する国を意味します。日はまた必ず昇りますが、欧州統合の持続可能な在り方には明快な将来像が欠かせません。痛みを、生みの苦しみに転化する欧州の気概を示す時です。

 「最近、若いドイツ指導者層と話す機会があったが、彼らはもはや政治的な意味で欧州の消費者にすぎず、欧州に投資しようと考えていない」。統合促進派として知られるフィッシャー元独外相の言葉は、次世代の指導者に対する鋭い警鐘でしょう。

 

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