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「トム・ソーヤーの冒険」は19世紀半ばの米ミズーリ州が舞台だ。いたずら小僧のトムと、相棒の浮浪児ハック。少年たちの粗野で気ままな日々は、西部への出口だった州の空気と無縁ではない。作者マーク・トウェインの故郷である▼お仕置きの塀塗りをまんまと人に押しつけ、トムがつぶやく。「結局この世は、それほどつまらないものでもない」。読者へのエールに違いない。その作家の、つまらないはずのない自伝が初めて本になる▼死後100年、すなわち今春まで世に出すなとの遺志に従い、出版元は5千ページの手書き原稿を保管してきた。1世紀の時差を託したのは、宗教や政治、知人の悪口を正直に書いたためともいわれる▼本をめぐる「長い約束」をもう一つ。221年前、ニューヨークの図書館で貸し出された法律書が戻ってきたそうだ。借り主は初代米大統領ジョージ・ワシントン。未返却が分かり、旧ワシントン邸の管理団体が同じ版の古書を約100万円で調達したという▼作家と大統領は、代理人を介して「約束」を守り、21世紀に新たな話題をまいた。移ろう時は真相をうやむやにもするが、その逆で、歳月と書物への畏(おそ)れがのぞく痛快な話である。時空を超える本の力を思う▼図書館で背表紙をたどれば、知らないこと、していないことの多さが身にしみる。未知と未体験の海に見え隠れする若い日の夢や憧(あこが)れ、果たすあてなき約束の数々。〈20年後、あなたは、やったことよりやらなかったことに失望する〉。トウェインの言はまぶしく、ほろ苦い。