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天声人語

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2010年6月4日(金)付

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 去年、宇宙に長期滞在した若田光一さんの帰還を、皇后さまが詠まれた歌がある。〈夏草の茂れる星に還り来てまづその草の香を云ひし人〉。おととい帰ってきた野口聡一さんは、土の香にも迎えられた。「ハッチが開いた瞬間、土と草のにおいが強烈だった」。どちらも生命の匂(にお)いである▼搭乗したロシアの宇宙船ソユーズは、落下傘にぶら下がり、土を舞い上げて草原に降りた。颯爽(さっそう)と着陸するスペースシャトルを見慣れた目には、はなはだ牧歌的に映る。母なる大地に抱かれるように、5カ月半ぶりに地球の人となった▼地球の重力も野口さんを迎えた。ものが下に落ちる不思議である。特産の青リンゴを手渡されてかじり、「重い。ニュートンになった気分だ」と笑った。知ってのとおり、宇宙では鉄の塊にも重さはない▼万有引力を発見したニュートンは、自らを「渚(なぎさ)で遊ぶ子ども」に例えたそうだ。真理という大海の波打ち際で、時おり美しい貝を見つけてはしゃいでいる、小さな存在にすぎないのだという。天才の自然観は奥ゆかしい▼この銀河系だけで、太陽のような恒星が2千億はあるそうだ。そうした銀河が宇宙に1千億という。無限感もここまでくれば、わが卑小はかえって清々(すがすが)しい。〈夏草の茂れる星〉に命をもらった奇跡に、ふと頬(ほお)をつねってみる▼人を宇宙に送れば巨費がかかる。それを他に使えば――という葛藤(かっとう)は宇宙飛行士にもあると聞く。だが「渚で遊ぶ」のは人の人たる証しでもあろう。草と土の香に続いて、天上の多彩な成果を語ってほしい。

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