茶色く濁った「池」がどこまでも続く。長崎県の諫早湾を分断する潮受け堤防を先日、二時間かけて歩いた。汚れた干拓地側の調整池と有明海の青さは驚くほど違っていた▼大量発生したユスリカが口や目の中にひっきりなしに飛び込む。池にたまったヘドロが餌になっているらしい。海に流れる排水を目指して一メートル近いスズキが何十匹と群れていた。栄養分の多い淡水に集まる小魚を狙っているのか、不気味な光景だった▼約七キロの潮受け堤防が閉め切られてから十三年。鋼板が次々と海中に落ちてゆく強烈な「ギロチン」の映像は、「止まらない大型公共事業」の象徴だったが、政権交代で流れは決定的に変わった▼有明海沿岸漁民の声を受け、政府・与党の検討委員会は「開門調査の実施が適当」とする報告書を先月、赤松広隆農相に提出した。農相は近く、開門を正式に表明するとみられている▼干拓地には、二〇〇八年以降に入植してきた農業法人などが、土地の規模を生かしてレタスやタマネギなどの野菜づくりをしている。開門されると、淡水の調整池に海水が入り、農業用水に使えなくなると嘆く声も聞いた▼無駄な公共事業をやめるという政権の理念は大いに支持する。ただ、国策に翻弄(ほんろう)されてしまう人たちの声には十分耳を傾けてほしい。歴史的な決断は、選挙向けのパフォーマンスとは違うのだから。