郵便制度悪用に絡む厚生労働省の文書偽造事件の公判で、元局長の指示を認めた元部下の調書が証拠不採用となった。捜査の範たる検察の、それも特捜の取り調べだ。猛省し、原因を調べてほしい。
自称障害者団体が郵便割引制度を受けるための偽の証明書を、元局長の村木厚子被告が部下に指示して発行させた−。大阪地検特捜部が描いた事件の構図だ。
村木被告は容疑を否認しているが、部下の元係長は捜査段階では「指示された」と供述していた。大阪地裁の公判で「自分の判断で」と一転させたが、この調書が指示を直接裏付ける証拠だった。
今回の却下で、九月にも予定される判決で村木被告は無罪の公算が大きくなったのは間違いない。
それだけでも特捜部の失点だが、もっと驚くのは公判で明らかになった取り調べ実態である。
元係長に「記憶がないなら関係者の意見を総合するのが合理的。いわば多数決だね。私に任せて」と検事が筋書きを作った。調書の署名も「別の文書偽造で再逮捕をちらつかされ認めてしまった」。
「冤罪(えんざい)はこうして始まるのか」と元係長は当時の心境を拘置所内で被疑者ノートに書きとめていた。「検事の誘導があった」と地裁が判断したのも当然といえる。
精度の不十分なDNA鑑定で、やりもしない女児殺害を自白させられた足利事件など、数々の冤罪捜査が問題になってきた。最高検は四月、事件の検証結果をまとめ、再発防止に「組織あげて取り組む」と誓ったはずではないか。
東京、大阪、名古屋の各地検にある特捜部は、政治家汚職や大型脱税などを暴く捜査の精鋭のはずだった。
戦後第一世代はロッキード事件、その薫陶を受けた第二世代はリクルート事件を手掛けた。だが、その後の人材が育っていないという声すらきく。小沢一郎民主党幹事長の政治資金疑惑でも、捜査力の劣化が指摘された。
今回の失態を徹底検証し猛省しなければ、警察を含めた捜査機関全体への信頼が揺らぐだろう。私たち市民が加わる裁判員裁判でも、捜査調書が信頼できねば、誤判の誘因になりかねない。
地裁が、調書より公判での証言を重視したのは裁判員制度下の流れだ。取り調べを録音・録画する可視化の議論が国会などで進んでいる。今回のケースは、適正な取り調べの手法について、多くの教訓を含んでいるはずだ。
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