これはエジプトの伝説に由来する話。ワニに子をさらわれた親が返してくれと頼むと、ワニ曰(いわ)く。「わしが、この子を返すかどうか、当てたら返してやろう」▼しかし、親が「返してくれる」と答えれば、子を食って「はずれだ」と言い、「返す気などない」と答えれば「返す気だったがはずれたから」と言って食うのである。どう答えても、結果は同じ。これを称して<ワニ論法>という▼郵便制度悪用にからむ厚労省の文書偽造事件で虚偽有印公文書作成などの罪に問われた元局長の公判。大阪地裁は早々、無罪判決に等しい決定をした。検察側が元局長の関与を立証する核としていた調書をことごとく却下、証拠採用しなかったのだ▼「検事が誘導した可能性があり、取り調べに問題がある」という裁判長の言はまだ控えめ。調書で元局長の指示を認めたことになっている元部下らは、公判では次々「言ってもいないことを調書に書かれ、訂正も聞き入れられなかった」「でっち上げだ」などと証言していた▼「指示があった」と言えば無論、「なかった」と言っても、描いた構図に合わせ「あった」の調書になるのでは<ワニ論法>と変わらぬ。“鬼検事”は必要でも“ワニ検事”は願い下げだ▼冤罪(えんざい)防止のため取り調べを録画や録音する「可視化」論議が進む。この一件はずいぶん、その賛成者を増やしただろう。