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大理石の階段は、ときにつるっと滑る。一歩ずつ太陽に近づくように、暑さが増していく。
古代ギリシャ文明の遺跡アクロポリス。標高156メートルの丘にパルテノン神殿がそびえ立つ。眼下にアテネの白い街並みが広がる。
神殿の建設を進めたペリクレスは、都市国家アテネの民主政を完成させた政治家だ。2500年前に哲学や芸術が花を咲かせ、民主主義の源となったギリシャは今、世界経済を脅かす震源となっている。
■広がる不安の連鎖
きっかけは、信用不安だ。
信用が収縮すると、経済はもろい。ギリシャの国家財政への不安が共通通貨ユーロに対する信認を危うくしただけでなく、金融機関への不信を増幅させ、世界の市場を混乱に陥れた。
ギリシャは2001年にユーロ圏に入り、財政赤字を一定の水準以下に抑えるという共通の義務を負った。ところがこの国は、財政赤字を低く見せかける操作をしていた。
そうとは知らない国外の投資家や銀行はギリシャを信用し、安い金利で国債を買ったのだ。
すでに長年、大きな問題を抱えていた。公務員の数が多く、年金の水準は異常に高い。政治家は腐敗し、政府の規制は不透明だ。税金逃れが横行し、産業は一向に育たない。
それらの改革を怠った結果、国外から調達した資金は公務員の給料や年金の支払いなどに消えていった。
昨年秋、財政赤字の額が大幅に上方修正されてギリシャ不信は募った。欧州主要国は支援に二の足を踏み、結束の乱れが欧州への信用も揺るがせ、ユーロが売られた。今は欧州の銀行や世界経済への影響も懸念され、世界中の株価が下がっている。
■民主主義と財政規律
借金を返せなくなる危険を抱えた国は、ほかにもあるではないか。そういえば、あの銀行に資金を融通して大丈夫か。
そうした不信の広がりは、経済活動を萎縮(いしゅく)させる。失業者は増え、社会の安定性が失われていく。
どうやって相互不信を解消するか。いま、世界経済を救うキーワードは「信用の回復」である。
放漫財政の国をなぜ支援しなければならないのか。ユーロ圏の中核であるドイツの国民の間で、ギリシャへの支援に不満が噴き出した。
通貨と金融政策は共有するが、財政はばらばらという「政府なき通貨」ユーロの根本矛盾があらわになった。
発足以来のこの矛盾が覆い隠されていたのは、欧州経済が好調だったからにすぎない。スペインやアイルランドの住宅価格の高騰は、バブルの様相を呈していた。ドイツなどは、輸出増で潤ってもきた。
だが欧州は今後、財政赤字の削減による痛みを耐え抜くしかない。財政悪化が深刻な英国で発足したばかりの新政権が赤字削減に乗り出したことも、それを象徴している。
ユーロの信用と安定を回復し、世界経済の動揺を抑え込むためには、まず欧州諸国が協調を強化する必要がある。何より重要なのは、財政面を含めた統合を進めていく決意と、国家の枠組みを超えた民主主義に基づく政治的結束を示すことだろう。
危機に陥った国の救済や、域内の財政面での調整に力を発揮する欧州通貨基金(EMF)のような機関をつくる。加盟国に財政規律を守らせる仕組みも同時に整える。
そうして域内の民主主義に支えられた財政面のルールと機構を確立することが、ユーロの危機を克服し欧州統合を進化させる道ではあるまいか。
■責任感ある政府を
ギリシャと日本には、国が借金まみれになっているという共通点がある。政治家の腐敗や規制の不透明さも、似たところがある。
むろん相違点も多い。日本には多くの貯蓄と強い産業競争力があり、貿易収支は黒字だ。国債の大半は日本人が持ち、外国に頼ってはいない。
しかし、日本の高齢化は進み、貯蓄率は低下していく。産業の競争力の先行きも心配だ。借金財政を続ければ、この先は危うい。
ロンドンの金融街で働く日本人が、こんなことを話していた。
政府の借金残高を、その国の経済規模と比べたグラフを作ると、たいがいの先進国では、デコボコになる。借金が増えると、減らそうと努力するからである。
ところが日本だけは、長い自民党時代も昨年の政権交代後もずっと右肩上がりで借金が増えてきた。「一番心配なのは、日本という国が、問題点をわかっていながら改革ができない国だと思われ始めていること。そこがギリシャと似ているのではないか」
ギリシャは、国際的な信用を回復するために、増税や年金カットに踏み出した。そのせいで当面、景気も暮らしも悪化する。大量の失業と、社会のきしみは計り知れない。
だが、放漫財政のツケはいつか支払わなければならない。問題を放置すればするほど、ツケは重くなる。
日本が危機の震源になったら、世界への影響は深刻だ。財政赤字を放置しない責任感ある政府を持つことこそ、ギリシャから得るべき教訓である。