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ご先祖様にとって、浅瀬に迷い込んだ寄鯨(よりくじら)は浜の恵みだったらしい。捕鯨が広まる江戸時代には料理や保存の技法も豊かになった。天保年間の指南書「鯨肉調味方」は、約70の部位についてうまい食べ方を紹介している。『鯨取り絵物語』(中園成生〈しげお〉・安永浩著、弦書房)に現代語訳がある▼例えば吹腸(ふきわた)、すなわち肺は〈薄く切ったものに熱い湯をかけた後、三杯酢をつけて〉などと記す。新鮮な鯨が揚がる地では、内臓まで完食していた。この生物との因縁、浅からぬものを感じる▼捕鯨の町、和歌山県太地(たいじ)町の住民から、全国平均の4倍の水銀が検出された。国立水俣病総合研究センターが全町民の3割の毛髪を調べたという。鯨やイルカを最近食べた人は濃度も高めだった▼海中の水銀は、プランクトンから小魚へ、小魚を餌とする大きな魚へと濃縮されていく。クジラやイルカには、魚の何倍もため込む種類がいる。町民に中毒症状はないというが、世界保健機関(WHO)の安全基準を超えた人が43人いた▼鯨やイルカを食べる習慣と水銀の「腐れ縁」が、大がかりな疫学調査で確かめられた形だ。鯨は食物連鎖の一大ターミナル。その先にある人間という終着駅には、滋養も毒も流れ着く。この限りで、反捕鯨団体の警告には理がある▼古式捕鯨の技が紀州太地で生まれて400年あまり。風土病を疑わせる記録はなく、恐らくは許容範囲の食べ方なのだろう。だが、用心のため調査を続けてほしい。体を賭してまで食すべき美味などない。もちろん、守るべき食文化も。