欧州連合(EU)が統合へ具体的な歩みを始めた戦後の「シューマン宣言」から九日で六十年。先に来日した初代EU大統領は、日欧関係の「新しい出発」を提言した。この好機を生かせるか。
ファンロンパイ大統領(欧州理事会常任議長)の来日は生憎(あいにく)のタイミングとなった。
統合欧州の象徴ユーロの信認が揺れるさなか、ギリシャ国債の格下げが報じられ、大統領の出身国ベルギーの政権崩壊も伝えられた。日本側も鳩山政権の支持率が低下、ホスト国として万全の態勢だったとはお世辞にも言えない。
「西洋の没落をあげつらい、新興国の台頭のなかで、欧州と日本が取り残されているとする論調が散見される」
神戸大学で講演した大統領は、自ら国際社会の変化に率直に言及しながら、「それでも、日本と欧州が世界で最も豊かで強力な地域であることに変わりはない」と強調し、グローバルな政治的影響力確保のため、日欧がより緊密に協力すべき時だ、と訴えた。
大統領の発言には十分な根拠がある。欧州の底力は、二十七カ国の国内総生産(GDP)を見ても明らかだ。十八兆ドルの規模は米国の十四兆ドルをしのぎ、域内人口は五億に及ぶ。「統合疲れ」現象は否めないとはいえ、「多様性の中の統一」の理念に込められたダイナミズムは失われていない。
北欧には、福祉国家と経済的競争力を両立させている国家モデルがある。東欧には、旧社会主義経済から市場経済体制へ移行を進める経験の積み重ねがある。南欧には、イスラムとの共存を含め欧州を欧州たらしめている文明の源泉がある。そして、中欧には独仏の不戦の誓いの原点がある。
鳩山由紀夫首相は地域政策のモデルとしてEUをあげ、汎ヨーロッパ主義を唱えたクーデンホフ・カレルギー伯が掲げた理念にしばしば言及してきた。大統領は会見でカレルギー伯は「統合の精神的な父親」ではあったとしつつ、現実的統合は戦後、欧州石炭鉄鋼共同体を実現した「シューマン宣言」に始まると指摘し、理念と現実の彼我の差の大きさを再三強調した。
今回の日・EU定期首脳協議では日欧の「新しい出発」が提示され、政治分野でアフガニスタンでの警察訓練センターの共同建設などで合意した。新たな日欧時代を拓(ひら)く一歩となるのか。鳩山政権の現実的な行動が問われよう。
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