殺人の公訴時効が廃止された。犯罪被害者らの声を受けた改正法が成立、施行されたのだ。だが、長い歳月を経て起訴されると、冤罪(えんざい)を生む危険性も出る。その防止こそ最大の課題となろう。
刑事訴訟法などの改正で変わったのは、殺人など最高刑が死刑の罪については、現在二十五年の時効が廃止となった。傷害致死など、それ以外の人を死なせた罪は時効期間が二倍に延長された。さらに時効が未成立の事件にも適用されることがポイントだ。
「逃げ得は許さない」という犯罪被害者・遺族らの声が政府や国会を動かし、法改正につながった。時効の壁で、犯人が見つからず、事件の真相も背景もわからないままになっていた遺族にとっては、悲願だったといえる。
一方で、さまざまな問題点も抱えたままだ。例えば、時効進行中の事件にも遡及(そきゅう)して適用することが、憲法違反ではないかと学者らから指摘されていることだ。憲法三九条は実行時に適法だった行為は処罰されないと定めている。国会では一カ月の審議しかなされなかったが、この問題は、十分に議論が尽くされるべきだった。
また、捜査員の数などに限りがあるうえ、新たな事件は次々に発生する。時効を廃止しても、重点捜査がずっと継続される保障はなく、検挙率の向上に結びつかないともいわれる。初動捜査が重要な点は変わりはない。
何より時間がたつほど、証拠の散逸や証人の死亡、記憶の希薄化などが十分に考えられる。あまりに長い年月を経て、被疑者・被告人とされた者は、どのようにアリバイなどを立証したらいいのか。冤罪の発生や、適正な裁判を受けられない可能性がある。
DNA型鑑定など技術は進歩したが、万能ではない。採取や保存、鑑定が適切でなければならないのに、警察でDNAの誤情報が登録された事態も既に起こっている。年平均約五十件の殺人事件が迷宮入りしている。膨大な捜査記録や証拠物の保管・管理をどのように徹底させるのか。きちんと法で定めた方がよい。
時効廃止は明治以来の刑事政策の大転換だ。冤罪防止の観点から、関係者の証言の録画など新たな手法を取り入れ、捜査過程を明確にする方策も考えるべきだ。同時に取り調べの可視化や、「人質司法」と呼ばれる長い拘置などの問題にも、政府は積極的に取り組んでもらいたい。
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