よく知られている、あのオリンピックのモットーは、近代五輪の創始者クーベルタン男爵の考案ではない▼ある神父が、校長をしていた学校で学生に向けて言ったラテン語の言葉を、男爵が借用したものだそうだ。即(すなわ)ち、「Citius Altius Fortius(より速く、より高く、より強く)」▼国際五輪委(IOC)のサマランチ前会長が、亡くなった。二〇〇一年まで二十一年も会長職にあり「独裁者」とも評されたけれど、五輪を現在のような盛大なイベントに育て上げた立役者だったことは間違いない▼夏季と冬季の五輪を二年ごと開催にしたのも前会長の決断だ。ランチの席で、米テレビのスポーツ部門の社長から「同一年に夏、冬開催では広告業界への負担が大きすぎる」と言われたのがきっかけだったという(マイケル・ペイン著『オリンピックはなぜ、世界最大のイベントに成長したのか』)▼テレビの放映権料のつり上げと、五輪のブランド化による企業スポンサー契約拡充を柱に、五輪を巨大ビジネスに変貌(へんぼう)させた人物らしい逸話だ。拝金主義が本来の精神を汚すとの批判も受けたが、プロ参加の推進など、あらゆる手で五輪の「商品価値」を上げることに専心した▼無論、それを「売る」時には、五輪創始者の掲げたモットーの一つに従った。二つ目の「より高く」を実践したのである。