作家村上春樹さんの小説「1Q84」の第三巻が発売され、書店に行列ができる人気を呼んでいる。活字離れの中、誕生したベストセラー。単なる話題性にとどまらない、本の力を感じさせる。
「1Q84」は昨年五月、書き下ろしで新潮社から一、二巻が発売され、二冊合わせて二百四十四万部が売れた。第三巻も既に八十万部の出版が決定しており、日本の小説としては二〇〇一年の「世界の中心で、愛をさけぶ」(片山恭一著)以来の三百万部を突破することが確実だ。
物語は、小学校時代に同級だった男女「天吾」と「青豆」を主人公に進む。一九八四年の東京が、空に月が二つある「1Q84年」に変わってしまったという超現実的な設定の中、二人の人生が交互に語られていく。鍵を握るのは、異世界の存在で、妖精のような「リトル・ピープル」。彼らは、ある宗教団体を通じて現れた。天吾と青豆はそれぞれ別の形で宗教団体にかかわる。それはリトル・ピープルの意に反する行動で、二人に追及の手が迫るというのが二巻目までの粗筋だ。
サスペンス小説風だが、随所に村上さんらしい幻想的なイメージがあふれる。村上さんが強い関心を抱いてきたオウム真理教事件が物語の背景になっており、事件の意味を考えさせる小説でもある。
社会現象になるまでに売れた理由としては、近年ノーベル文学賞受賞への期待が高まる村上さんが五年ぶりに発表した長編小説だったことが一番だ。加えて、出版社側が事前に内容を明らかにせず、話題性を演出したこともあろう。
しかし、今回のベストセラーは一過性のブームではないだろう。村上さんはアメリカ文学やジャズなどに造詣が深い。それを単なる知識ではなく血肉となして語るので言葉は生き、しかも豊かだ。比喩(ひゆ)はしゃれており、幻想的な物語を作り出してきた。従来の日本文学とは異質の世界共通性が、村上文学なのだろう。中国、韓国、ロシア、欧州での翻訳も多い。
読書離れが進む。文化庁の二〇〇八年度調査では、雑誌や漫画を除いて、一カ月に一冊も本を読まないと答えた人が46・1%。〇二年度に比べて8・5ポイントも増えた。危機感を持つ国会は、今年を国民読書年と定めた。そんな中、これだけ多くの人が、決して易しくはない本を手に取ったことは大きい。これを機に、いろいろな本に手を伸ばし、本の力を感じてほしい。
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