朝、狭い裏道を通って駅に向かって歩いていると、桃に似た花が咲いているのに気付いた。近寄ると、ピンクの花が枝にびっしりついている。江戸時代に中国から渡ってきた花蘇芳(はなずおう)だ。蘇芳から取れる染料の色に似ているためその名がついた▼よく見てみると妙にひょろっとしている。根元に視線を向けてみると驚いた。コンクリートの間のわずかなすき間から幹を伸ばし、二メートルぐらいの高さまで成長しているのだ▼この家のご主人に聞くと、芽を出したのは十年ほど前。種子がどこからか飛んできて、自然に育ったという。根元の幹は二センチぐらいの太さにまで成長し、コンクリート製の側溝のふたを押しやっている▼アスファルトの裂け目などから顔をのぞかすダイコンなど「ど根性野菜」が一時ブームになったが、ごく小さな土の中にしぶとく根を張り、大きく育っている木がこんなに身近なところにあったと感激した▼<何も咲かない寒い日は下へ下へと根を伸ばせ>。シドニー五輪の女子マラソン金メダリストの高橋尚子さんは、無名の高校時代に恩師から贈られた言葉を座右の銘にしていた▼相変わらず雇用の状況は厳しい。卒業しても就職できない若者の気持ちを思うと胸が痛む。四季はめぐり、寒さに震える冬もやがて春を迎える。逆境の中で根を伸ばし、美しい花を咲かせる花蘇芳に彼らの姿が重なってくる。