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大規模な核戦争が起きる危険は、冷戦期より格段に小さくなった。だが、逆に、核テロの危険は高まった。これを防ぐには国際協力を通じて、核物質の管理、闇市場の摘発などを強めるしかない。
そう考えるオバマ米大統領の呼びかけで、核保安サミットが開かれ、この問題が国際社会の最優先政策のひとつに押し上げられた。冷戦思考から離れて、核にまつわる現在の脅威を減らそうとするオバマ外交がまた一歩、前進したと言えよう。
核テロ防止は米国だけでなく、世界にとって不可欠な対策だ。主要都市で核テロが起きれば、甚大な犠牲が出るばかりではない。グローバル化した世界では金融や貿易、情報通信などが大混乱に陥り、国際経済が重大な危機に直面する。サミットが共同声明で核テロを「国際安全保障への最も挑戦的な脅威」とみなしたのも、そうした安全保障観からだろう。
共同声明は、すべての核物質の管理を4年で徹底すると表明した。行動計画では、原子力施設の警備などを定めた核物質防護条約や、核テロを重大犯罪として摘発・処罰していく核テロ防止条約の運用強化が盛り込まれた。闇市場を封じるための、各国の法律の整備・運用の国際支援でも合意した。
国際社会のどこかに核管理の穴があれば、テロ集団にとって、つけ入る隙(すき)となる。合意事項を実行に移せるかが今後の課題だが、核テロへの脅威感が、多くの開発途上国の間で共有されているわけではない。しかも、核テロ対策に人材、資金をつぎ込むより、さらなる核軍縮の方が先決だとの不満もある。こうした溝をどのように乗り越えていくか。国際社会に課された重い宿題だ。
中国の胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席は「責任ある態度で核保安を重視」すると強調した。核拡散の問題を抱える北朝鮮とイランは、ともに核の闇市場にかかわった疑いがあるが、中国は両国にあまり強い姿勢で臨んでこなかった。今後は両国がからむ闇市場の防止でも欧米などと協議を密にして、有効な手立てを積極的に実行してもらいたい。
サミットには、核不拡散条約(NPT)に背を向けたまま核武装したインド、パキスタン、事実上の核保有とみなされているイスラエルも代表を送った。核保安サミットはNPTの枠外で、新たに核の脅威を減らす国際的枠組みを設けた格好だ。
核不拡散については、未加盟国に対し、非核化したうえでNPTに入るよう求める。あくまでそれが原則である。だが同時に、核保安サミットを活用し、核テロ防止にもやはり核軍縮が欠かせないという根本的な問題への理解を広め、多国間の核軍縮への突破口にもしていくべきだろう。
最高裁判事に岡部喜代子・慶応大法科大学院教授が就任した。現職の桜井龍子氏とあわせ、15人の裁判官のうち女性が複数を占めるのは初めてだ。
背景には、女性を起用したいという鳩山内閣の強い意向があったといわれる。遅すぎた印象は否めないが、社会の変化を感じさせる人事である。
一方で、以前からあった疑問が今回も残った。なぜ岡部氏なのか、選任の理由がこれまで同様、国民に示されない。司法が取り組まなければならない課題をどのように想定し、岡部氏に何を期待し、どんな思いを込めたのか。
最高裁判事をめぐっては、法律家から起用する場合は最高裁長官の推薦を内閣が受け入れ、有識者については内閣が主導しつつ最高裁側の意向を確認する。そんな慣行があるという。
司法の独立を念頭に積み重ねられてきた知恵ではある。そのことは尊重したうえで、透明度をもっと高めるべきだと私たちは主張してきた。それが民主主義の理念にかない、裁判への信頼を高める。権力分立の観点から疑念のある人事が構想されたとき、有権者が当否を見極めることもできよう。
近年、最高裁の判断には注目すべきものが増えている。在外邦人に選挙権を与えていない公職選挙法をただした裁判や、高金利ローンに苦しむ人に救済の道を開いた一連の判決などがその例だ。もちろん中には首をひねる結論もあるが、大きな目で見たとき、市民の共感を得られる方向に歩を進めているように見える。
そうした判断を導き出すのは、最高裁裁判官というそれぞれ個性をもつ人格である。人生経験やものの見方、価値観の多様な人々がそろうことが議論を活性化させ、その中から時代に寄り添い、時代を開く判決が生まれる。
気がかりなのは最高裁が扱う裁判の変わらぬ多さだ。年間約1万件にのぼる。多様な顔が並んでも、その人々が「憲法の番人」に求められる役割を十全に果たす環境が整っているといえるか。退任した多くの判事が繁忙を嘆き、「もう少し余裕があれば、もっと突っ込んだ話し合いや判断ができたのではないか」と後悔にも似た思いを吐露している事実は重い。
法律は上告理由に一定の枠をはめているが、趣旨通りに機能しているとは言い難い。行政や立法に対するチェックがますます期待される一方、弁護士人口の増加などを受けて上告件数はなお増えると予想される。将来を見据え制度、運用、さらには法曹界全体の意識がこのままでいいのか、幅広な議論を始める必要があるように思う。
少数派の異議を受け止め、人権を保障する最後のとりでが最高裁だ。判決の中身はもちろん、判事の人選や取り巻く状況、執務のありようにも、もっと目を注いでいきたい。