今年、生誕百年を迎えた黒沢明監督の三十作品が東京・日比谷で上映されている。先日、晩年の一九九一年に制作された「八月の狂詩曲<ラプソディー>」を見てきた▼四人の孫が、長崎で被爆した夫を失った祖母を訪ね、知らなかった原爆の実態を学んでいく。焼け焦げた死体など生々しい場面はないが、当時、試写を見た米国人記者たちは明らかな不快感を示したという▼「原爆を問題にするなら、その前に真珠湾攻撃を問題にすべきだ」「日本の軍国主義をどう考えているのか」。次々に厳しい質問を監督に浴びせた(佐藤忠男著『映画で読み解く「世界の戦争」』)▼広島で被爆した一家の物語を描いた香港の映画「廣島廿八」が七四年に香港で上映された時には、龍剛監督に非難が殺到。日本から金をもらったんだろうとまでいわれたという▼日本には原爆の被害を訴える資格はないといわんばかりの反応には、怒りや戸惑いを覚える。ただ、被爆国として、核廃絶をリードするなら、各国の底流にある複雑な感情を知り、アジアへの加害責任にあらためて向き合わなくてはならないのだろう▼一年前に「核兵器なき世界を目指す」と宣言したプラハで、オバマ米大統領はロシアのメドベージェフ大統領と核兵器を削減する条約に署名した。核安保サミットも始まった。道程は遠いが、意味のある一歩と信じている。