タイの騒乱は、日本人カメラマンを含む二十人以上が死亡する流血の事態に陥った。収拾のめども立たない。「ほほ笑みの国」に影を落とす根深い貧富の差。人々があの笑みを取り戻すには−。
苦学して大学を出た会社勤めのタイ人から、こんな「夢」を聞いたことがあった。
「生まれ変わってもタイ人がいい。でも、今度はお金持ちに生まれたい」
生まれ変わらなくては、貧乏から抜け出せない。そういう悲鳴だった。
対立は、起きるべくして起きたといえる。貧富の格差は、一九八〇年代からの経済発展で生じたゆがみでもある。工場進出が相次いだバンコクと農村部の平均所得は十倍にも開いた。相続税もなく、富は固定化される。成長優先の陰で格差は放置されてきた。
治安部隊と衝突した「赤シャツ隊」は、タクシン元首相を支持するタイ東北部の貧しい農村部の人々。三月十四日から首都バンコクの繁華街を占拠し続けていた。
二〇〇一年に政権を握った元首相は、農村部の貧しい人々に優遇策を打ち出し、選挙で圧勝した。
強権ぶりや一族の蓄財が批判を浴び、元首相は〇六年の軍事クーデターで亡命したが、農村部では今も支持されている。現在のアピシット首相は英オックスフォード大卒のエリートで、富裕層・都市中間層が支える。
取材中だったロイター通信カメラマン、村本博之さん(43)の左胸に実弾が貫通した。痛ましい限りだ。治安部隊は実弾は使っていないという。タイ政府には厳正な調査と責任の糾明を求めたい。日本政府も究明に力を尽くすべきだ。
クーデターからの四年間、国内の騒乱が収まらない。深刻なのは打開策が見えぬことだ。
もし現首相が退陣しても、求心力のある政治家はいそうもない。タクシン派が求める総選挙を行えば、タクシン派の集票力が勝るだろう。反タクシン派は黙っていまい。国民が慕うプミポン国王は既に八十二歳と高齢で入院中だ。
今はともかくも双方に自重を求め、テーブルに着くよう願いたい。根本解決には、国民の間の格差を見つめることから始めてほしい。
日本とタイは、経済や貿易、文化など幅広いつながりがある。お互いに支え合う関係でもある。タイの政情は東アジアの安定にも影響する。日本は大切な友人に対し、忠告も手助けもしたい。
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