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【社説】

週のはじめに考える ユーロとイカロス神話

2010年4月11日

 ユーロをめぐる欧州経済の混迷をギリシャ悲劇に喩(たと)える論調が見受けられます。今回の経済危機は欧州統合の基盤を揺るがすものなのでしょうか。

 「ユーロはイカロスに似ています。十分な準備がないまま飛翔(ひしょう)すれば、羽根が溶け落ちて、いずれ墜落するのは明らかです」

 ユーロが導入される際、こう予言した経済学者がいました。ドイツのウィルヘルム・ハンケル元フランクフルト大学教授です。ハンケルさんは、仲間の経済学者三人と共に政府を相手取り、「ユーロ導入は違憲」として、ドイツ憲法裁判所に訴訟を起こしたことでも知られています。

◆EUの未知の課題突く

 共に訴訟を起こしたシュターバッティ・チュービンゲン大学名誉教授は先ごろ主要英字紙に論文を発表し、「ユーロは大きな幻想から始まった。さらなる危機回避のため、ドイツはユーロ圏を離脱すべきだ」と主張しました。

 二人とも「政治統合なき通貨統合は機能しない」との考えで一貫しています。金融政策は一致している。しかし、経済、財政政策は各国ばらばら。その空隙(くうげき)を見透かすように起きたギリシャ危機は、当然の帰結だ、というのです。

 二人に代表される欧州懐疑派と呼ばれる統合促進反対派の異議申し立ては、欧州の多数の声を反映しているとはいえず一部の支持にとどまっていますが、その指摘は主権国家の枠組みを超えた統合体としての欧州連合(EU)が抱える未知の課題を突いています。

 独仏を中心に六カ国で始まった統合の動きは、半世紀以上を経て二十七カ国によるリスボン条約批准に結実し、ファンロンパイ大統領(欧州理事会常任議長)、アシュトン外相(外交安保上級代表)というEUの「顔」を持つまでになりました。

◆危機の連続だった統合

 グローバル化時代。地域統合の一つの到達点を迎えた時に起きた危機です。統合の原点をあらためて問い直す好機でしょう。

 二度の世界大戦を経た欧州が、不戦の誓いのもと、平和的統合の実験を進めてきたことはよく知られています。そのプロセスの実態は、政治的にも、経済的にも、危機の連続だったといっても過言ではありません。

 初期の一九六〇年代には、ドゴール仏大統領が超国家性を強めた統合の在り方に反発、半年以上にわたり理事会をボイコットし共同体は機能麻痺(まひ)に陥りました。ニクソン・ショックや石油危機にみまわれた七〇年代の経済停滞期には欧州悲観論が台頭し、「欧州共同体の暗黒時代」ともいわれました。

 その度(たび)に、あるいは冷却期間を置き、あるいは妥協を重ね、半歩、一歩と歩を進めてきたのです。「EUの日常は、退屈で疲れる交渉ごとばかりだ。でも、かつての戦争を想起するたびにその有難味(ありがたみ)がわかる」。ブリュッセルのEU本部元幹部の言葉に、苦難の歴史を繰り返すまい、とする決意が滲(にじ)みます。

 リスボン条約発効の過程でも、アイルランドが国民投票により批准を拒否する政治的危機がありました。当時訪日したポーランドのバルツェロビッチ元蔵相から、ユーロ入りを目指す東欧諸国の欧州像を伺ったことがあります。

 冷戦後の東欧再建モデルを担ったバルツェロビッチさんは、アイルランドがEU加盟の恩恵を受けて世界有数の富裕国家を形成してきた点を強調しながら、ユーロ問題については、「一つの通貨が一つの国家の裏付けがないと成立しないという考えはすでに過去のものだ」と一蹴(いっしゅう)しました。ユーロを通して統合を深めよう、という統合促進派はおおかたこの思いを共有しています。

 バルツェロビッチさんは米国の大学でも教鞭(きょうべん)をとっていましたが、EU統合の歴史には、米国の連合規約時代を想起させる側面がある、と指摘していたのも印象的でした。

 独立戦争後、合衆国憲法が制定されるまでの間、独立十三州は強大な権限を持ち、連邦政府は連合規約に基づく形ばかりの存在でした。不可分の連邦となって米国が真の一体性を持ち始めたのは、南北戦争後といわれます。

 欧州統合はもとより米国型合衆国をめざすものとはいえません。むしろ、戦争を経ずに新たな欧州の一体性を探る試みの中にこそ独自性があります。

◆歴史が問う政治的意思

 「国民国家とEUと、二つのアイデンティティーを人々の中に育てるプロセス。これこそ、欧州の実験が歴史的といわれる所以(ゆえん)でしょう」。欧州統合を一貫して見続けている庄司克宏・慶応大学教授は、こう指摘しています。

 歴史は、欧州の政治的意思を問うています。

 

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