名張毒ぶどう酒事件で無罪を訴える奥西勝死刑囚の再審請求について、最高裁が名古屋高裁に審理を差し戻した。再審へ道は開けたが、既に八十四歳。時間は少ない。一刻も早く審理を進めねば。
三重県名張市の小さな集落の懇親会で、毒物が混入されたぶどう酒を飲んだ五人が死亡した事件から四十九年になる。
いったんは犯行を自白した奥西死刑囚だが、すぐに否認に転じた。一審は自白が信用できないなどとして無罪としたが、一九六九年の二審で死刑判決を受け最高裁で確定した。四十年以上、獄中から無実を叫び続けている。
七度目の再審請求で名古屋高裁はいったん再審開始を認めたものの、検察の申し立てた異議審で取り消され、特別抗告していた。
最高裁が今回疑問を投げかけたのは犯行に使われたとされる農薬だ。飲み残しのぶどう酒の当時の鑑定結果に着目し、弁護団は「自白通りの農薬なら含まれているはずの成分が検出されていない。使われた毒物は自白と違う種類だ」との鑑定を添えて主張した。
高裁の異議審は検察の主張に沿い「量が少なく、検出できなかったこともあり得る」と認めたが、今回最高裁は「科学的知見に基づく検討をしたとはいえない」と指摘した。裁判員制度が始まり、市民は刑事裁判に深い関心を持つようになっている。足利事件ではDNA型鑑定が焦点になった。最高裁が慎重に科学的な鑑定を求めたのはもっともだろう。
しかし決定は破棄自判ではなく差し戻しとした。「疑わしきは被告人の利益にという刑事裁判の鉄則は再審裁判にも適用される」という七五年の最高裁・白鳥決定の原則尊重は当然としても、裁判のあまりの長期化、また奥西死刑囚の高齢を考えれば、再審開始へと踏み込むことはできなかったものか。「毒物に疑問があれば、再審開始となってしかるべきだ」との弁護団の言い分に十分な説得力もある。
当時のぶどう酒がもう入手できないなど、再鑑定には困難も予想される。今回、裁判官の一人は補足意見で「事件発生から五十年近く経過し、差し戻し審における証拠調べは必要最小限に」と効率と迅速さを要求している。
この決定で奥西死刑囚の刑執行は停止された。裁判所、検察、弁護団は、協力して、ぜひ迅速な審理を進めてほしい。一人の人生がかかる時間との闘いである。
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