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日活映画「霧笛が俺(おれ)を呼んでいる」の公開から50年になる。主演の赤木圭一郎は、石原裕次郎、小林旭に続く「第三の男」と期待されながら、ほどなく撮影所内の事故で急逝した。21歳だった▼舞台は横浜。刑事役の西村晃が主人公の船乗りに行き先を問うシーンがある。ボオーという音を挟んで赤木のせりふ。〈そうさな、霧笛にでも聞いてみな。どうやら霧笛が俺を呼んでるらしいぜ〉。波止場に響くその音は、海の男の孤独と共鳴した▼霧笛を発するのは船だけではない。明治の昔から鳴らし続けた海上保安庁の霧信号所が、3月末で廃止された。船の位置はレーダーや全地球測位システム(GPS)が取り仕切る時代である。かつて全国に50を数えた信号所も、北海道の納沙布(のさっぷ)岬など五つを残すのみだった▼往時の船員や漁民にとって、視界のない海で陸の見当を教えてくれる霧笛は、灯台と並ぶ強い味方だった。どこからの音かを聞き分けてもらうため、信号所は独自の鳴らし方を通してきたという▼ただ勝手を言えば、霧笛は「どこからともなく聞こえてくる」のがいい。むせび泣くような音は、船を守るだけでなく、港町の旅情を駆り立てた。その役どころは「甘い用心棒」。少しバタくさい赤木の面影が重なる▼秋は霧、春は霞(かすみ)と呼び分けられる風雅な自然現象も、海では魔物に変わる。そんな不死身の敵役を残し、霧笛はかすむ波間に消えていった。「赤木が俺を呼んでいる」と言ったかどうかは知らないが、早世の好漢とは違い、悔いなきエンドマークであろう。