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ずいぶん前に羽田空港の管制官に話を聞いたことがある。首都の空は過密だ。レーダーをにらみつつ「機影の一つ一つが何百人の命を乗せていると思うと怖くなります」と言っていたのが忘れがたい。プロの緊張感が空の安全を支えていた▼それに引きかえ、この緊張感のなさには呆(あき)れる。参院の採決で隣の投票ボタンを「代理」、いや「なりすまし」で押した若林元農水相である。参院の定数242で全国の有権者数を割れば、一つのボタンは約43万人の民意を乗せている。厳粛な装置である▼隣には同じ自民党の青木前参院議員会長の席がある。青木氏は途中退席したが、高校無償化の法案など10件について、代わりにボタンを押した。青木氏はあずかり知らぬことで、若林氏いわく「魔がさした」のだそうだ▼前代未聞を恥じてだろう、きのう議員を辞職した。すでに今期限りの引退を表明していたが、閣僚まで務めた政治家の、ゆゆしく、もの悲しい晩節の汚(けが)し方である▼ボタンを押すという採決には、どこか「軽さ」がある。140年ほど前、発明王エジソンは「電気投票記録機」なるものを作って議会に売り込んだそうだ。だが議会は買わなかった。簡単に採決できる機械によって、本来大事な討論が軽んじられるのを案じたからだと聞いたことがある▼若林氏は回顧録用の「武勇伝」にでもするつもりだったのだろうか。理由はともあれ、採決を軽んじる人に討論を重んじる精神があるとは思えない。不届きの背後に政治全体の劣化が横たわっていないか、心配になる。